写真左:ハルピン煙草会社
写真中:馬忠駿公館
写真右:ハルピン天主堂
翌日はハルピン駅の南側、南崗区を周ります。もとは秦家崗と呼ばれた地区です。
広範囲にわたっていろいろな建物があるので、まず東の方から順番に責めることにしました。
東の端は極楽寺です。ハルピンにはまずロシア人がやってきてロシア正教会を建て、ユダヤ人がシナゴーグを建て、ムスリムがモスクを建てました。そこで中国人も負けてられないと仏教寺院を建てたのです。1922年にできました。極彩色のピカピカな建物、金ピカの仏像で、あまりありがたみが感じられません。しかし中国人は長くて太い線香を持って熱心にお参りしています。
そこから一曼街を通っていくと東大直街に通じます。そこをたどっていくと古い洋風建築が点在しているはずなので行こうとしたら…一曼街がみつかりません。道を聞いたら「ここ」と示されたところは囲いでふさがっています。地下鉄工事をしていたのです。よく見ますと、横の方にかろうじて人が通れる隙間があって、人が行き来しているのでそこを行くことにしました。
そうしたら囲いが途切れたあたりでまず最初の目的、タバコ会社の建物が見えました。1919年にユダヤ人が作った煙草工場の事務所で、3階建ての折衷主義建築です。(写真左)
そこから南崗区の東西のメインストリートとなる東大直街に入ります。この道にはたくさんの近代洋風建築が…と思っていたら、地下鉄工事の囲いは少し飛んでこの道に及んでいました。東大直街は長くて全行程歩くのは無理なので、バスを乗り継いで目標物をたどっていこうと思っていたのですが、自動車は全く通行止め。それで一筋南の道へ出てタクシーを拾いました。そして次の目標物の近くまで行きました。通行止めなので前までは行けません。運転手さんがここを通って行ったらいい、と教えてくれました。そして私が「不便ですね」と言うと、「一時のことだから」という返事でした。でも地下鉄の工事がそんなに早く完成するとは思えないし、やっぱり中国では空間も時間も感覚が日本と違うのかもしれません。
さてたどり着いた目標物はハルピンキリスト教会。ドイツ人が1914年に建てたプロテスタント教会です。赤い外壁に緑のとんがり屋根のついた建物です。囲いが邪魔で充分見わたせません。その先にはロシア正教の聖母守護教会があります。赤茶の壁に丸いドーム屋根のついた建物です。どうも「『満洲』都市物語」で「ウクライナ教会」と紹介されている教会と同じもののようです。これまた囲いが邪魔でした。
本当はこの道をたどって南崗区の中心部の紅博広場へ行くつもりでしたが、バスが通っていないのし、タクシーでは少しずつたどって行くのは不経済だし、それで思い切ってタクシーでもっと遠くへ行こうと思いました。目的はずっと南の馬忠駿公館です。(写真中)
馬忠駿は1870年遼寧省の生まれ。1900年、帝政ロシアが鉄道保護を理由に東北地方に出兵したとき、ロシア軍に対して使者として談判に赴きました。1914年には黒龍江省鉄路交渉局局長となってハルピンに赴任。1925年に引退。
1921年に建てられた、中世のお城のような建物で、とんがり屋根の太い塔があります。現在はホテルです。
ここから徒歩でハルピン天主教堂へ行きます。赤煉瓦に白い線のアクセントのついた建物です。ネギ坊主がてっぺんについていると思ったら、もとはロシア正教会で、1930年に建てられました。その後使われなくなったものが、1980年に「聖母無原罪教会」という名前でカトリック教会として復活したそうです。(写真右)
周囲をぐるりと回って鑑賞しました。そして今度は西大直街を目指すことにしました。まず目標はハルピン鉄路局です。遠いのでタクシーで行きましたが、西大直街も途中から地下鉄工事で囲いがしてあり、少し離れたところで降りました。
鉄路局は東清鉄道の本社で1904年に建てられました。石造りの四角くて横に長い建物で、一見無骨に見えますが、よく見ると壁面に浅彫りのような曲線の装飾が見られ、アール・ヌーヴォー建築に分類されます。屋根にも丸い装飾がついています。
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