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2009年08月12日00:54

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中国東北・長春3・偽満洲国官庁街

さて、偽満洲国の官庁街は長春市内の西のほうにあります。長春は街の北に駅があって、そこから大通りが伸びています。現在は人民大街ですが、昔は大同大街といいました。「大同」は満洲国の年号です。満洲国の都をここに定めたとき、この大通りの南に宮殿を作ることが計画されました。しかし皇帝溥儀としましては、宮殿が南にあるというのは伝統に反します。中国では宮殿は都の北にあって、皇帝は南を向いて臣下に対峙するのです。
そこで考え出されたのが、別の場所に新しい大通りを作ってその北側に宮殿を建てることです。この大通りは順天大街と名づけられました。そして順天大街の両側には官庁の建物がずらりと並ぶことになりました。しかし、「偽満皇宮」のところで述べたとおり、宮殿は工事が中断したまま終戦を迎えます。
宮殿は後に完成して地質学院教学楼(通称地質宮)になりました。そして官庁街の建物は吉林大学の学舎、特に医学部や大学病院として使われるようになりました。

まず地質宮を目指して行きますと、さすがに壮大な建物です。建物の前は広大な広場になっています。コンクリート建築に日本風の屋根を乗せたものです。無骨で見るべき魅力を感じないのであまり近づきませんでした。
さてそこから昔の順天大街、今は新民大街といいますが、この道を辿って官庁街を見てまわります。でもあまりやる気は出ません。もともと写真を見てロクでもない建物ばかりだと思っていましたから。なぜそれをわざわざ見るのかというと、やはり東北に来るからには長春は見ておきたい、そうなるとこういった場所も一応見ておくべきだろうという判断に基づくものです。
何がそんなに見る気が起きないかというと、洋風建築に日本風の屋根を乗せたのがなにやらミスマッチな妙ちきりんな建物ばかりだからです。洋風建築に日本風の屋根を乗せるのは、日本でも「帝冠様式」といいまして一応建築様式の一つです。しかしこの偽満洲国の官庁街と来たら、威容を誇ろうという見栄ばかりが透けて見えるシロモノで、鑑賞に堪えるものには見えません。

まずその中でも一定の評価がされているらしいのが偽満洲国務院です。日本の国会議事堂に似た外観の建物です。大学の建物ですが、1階部分だけ見学できるということですので入ってみました。すると…ごちゃごちゃしたお土産屋さんが!?とまどいながらお店の人(?)に「見学したい」というと、入場券20元。そして日本語のガイドが出てきて解説を始めました。お土産屋さんのドアを出ると廊下に出ます。そこには立派な階段があります。そして階段の装飾を示して、これはイタリアから取り寄せた大理石だと解説してくれました。また、オーティス製のエレベーターもありました。動きませんけど。そして地下へ向かう階段を見せてくれて…再びお土産屋さんに戻ります。そしてその片隅にあるガラクタを示して、当時ここにあったものだといいます。電話に時計、蓄音機。大きな箱はオーブンだといいますが本当でしょうか?
これで見学は終わり。あとは写真集やお土産を勧められます。…これで終わり?これで20元とはひどいぼったくりです。

国務院の向かいが偽満洲国軍事部。茶色の壁に大きな屋根を乗せた建物です。
さらに新民大街を南下していきますと、偽満洲国経済部と偽満洲国司法部が向かい合っています。さらに南には偽満洲国交通部。
当時官庁街として満洲国の威容を誇るために建てたのでしょうか。しかしこの順天大街(現在の新民大街)は、長春駅から伸びる大同大街(今の人民大街)に比べると道幅も狭くこぢんまりとしています。無理矢理作った官庁街に威容を誇る建物を作ろうとしたのはなんともアンバランスで、この官庁街を計画した人は何を目指していたのだろうかと思ってしまいます。しかも今は緑が蔽い茂って閑静なキャンパス街といった風情です。当時これを作った人たちは満洲国がいつまでも続くと思ったのでしょうか。これらの建物が満洲国の威厳を示していつまでも栄えると思ったのでしょうか。なんとも空虚な夢を見たものだと思わざるを得ません。
現在大学として使われているということは、いちおう建物としては丈夫なのでしょうね。

とりあえずこれらの建物は「フォト」にUPしておきました。

さて、夕べあわてて充電した携帯は、充電完了の音がしてもなんだか不安でした。それで充電器を持って出かけました。そうしたら、この官庁街を撮ろうとして取り出したらまたもや「充電してください」のメッセージが!あわてて充電器をセットしましたが、しばらくして確認したら…電池が完全に切れてしまいました。関空で買ったばかりなのに電池が消耗していたのでしょうか。それとも充電器が不良品?電池式の充電器は、電話の電源が完全に切れてしまうと充電できません。私のカメラはフィルム式なので、パソコンに取り込むには携帯カメラで撮るしかありません。そのために去年デジカメ並みに撮れるというカメラの付いてる携帯に変えたのです。しかし電池がなくなってしまっては写真をパソコンに取り込めません。それに緊急事態が起きたら携帯がつながると言っておいたのに、つながらなくなりました。
とりあえず写真は、フィルムをCD−ROMに落とすサービスもあるのでそれを使う覚悟を決めました。緊急連絡の方はどうしようもありません。

さて、新民大街の南端は新民広場というロータリーになっています。例によって信号のない道路をゲリラ渡りで渡りながら南側に行きますと、偽満洲国総合法衙があります。中世ヨーロッパの要塞のような建物に日本風(中国風?)の屋根が乗っている珍妙な建物です。今は病院として使われています。日本が残していった建物が使われているのが恥ずかしくなってきます。

新民大街は「大街」というほど大きくはなく、あっさり見終わってしまいました。官庁街としてはやはり寂しいような気がします。
おかげで時間が余りました。それで、人民広場へ行ってもう一度偽満洲国中央銀行を見に行きました。充電切れであわてて立ち去ったので、もう一度ちゃんと見たかったし写真も撮りたかったのです。それからその近くに偽満洲国電信電話株式会社の大きな建物もあります。
あとは重慶路にある新華書店で時間をつぶすことにしました。しかし書店へ行ってみると、ご当地関連の本がほとんどありません。上海では「オールド上海」関連の本があんなにあったのに…。わずかに溥儀の自伝があったぐらい。歴史の本もたいしたものがありません。その中で「スタイン西域盗宝記」という本が目に留まりました。スタインの西域探検の本らしいですがすごいタイトルです。やっぱり中国では外国の西域探検はみんな泥棒扱いのようです。
ざーっと店内を見たら、時間はまだまだありますが、駅に行ってしまおうと思いました。
急に大雨が降ってきたのであわててタクシーをつかまえて乗り、ホテルまで戻りました。荷物を受け取る頃には雨は小止みになっていました。

さて、ホテルの目の前にある駅にたどり着くのがこれまた大変です。長春の駅前は相変わらずたくさんの人と車で混沌状態。車を駅の正面に導くように回してある柵があるので、人はその外側を通ればいいのかと思ったら大間違い。柵の外側をたどって行ったら駅のはずれのほうに行ってしまいます。ですから、みんな柵の切れ目からどんどん入り込んで、車をものともせず駅の正面へ突っ切って行きます。駅から出てくる人もいますし、もうごちゃごちゃ。雨で水溜りはできてるし、人や車をよけたり立ち止まったり。この時、つくづくスーツケースを買い換えてよかったー!!と思いました。古いサムソナイト・オイスターではとてもこの混沌状態の中を引きずっていくことはできません。
やっと駅の入り口にたどり着き、瀋陽の時と同じように荷物検査を通ってエスカレーターを上がって動車組の待合室へ。売店でパンとペットボトルのミルクティーを買って昼食にしました。そして本を読みながら時間待ち。列車は時間通りに来ました。二等車は二列・三列の座席配置です。私の席は三列配置の通路側。やっぱり窓の外が見えにくいです。でもまったくさえぎられているよりはマシでした。そしてさすがに動車組は二等車でも快適でした。

写真は左が偽満洲国務院。
中が偽満洲国電信電話株式会社。
右が長春駅。左の方を見ると、人がかたまりになって自動車の隙間に入り込んでいるのがわかります。
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