mixiユーザー(id:9160185)

2019年12月19日22:55

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遭難


公園の遊歩道の落葉はもう、絶えず踏みしだかれてかたちを無くしかけていた、きみはおれの先を歩く感じで、ただただどこかを目指して歩いているだけだった、木々の装いや、広場での出来事はもう、会話のきっかけになることはなく、ただただ冷たい向かい風が吹きつけているばかりだった、おそらくはそれだけがふたりがいまそこに居るのだという証明になり得るだろう足音も、落葉屑に飲み込まれて心もとなく、遠くのベンチで誰かがつま弾いている懐かしいフォークソングは、もうそれが終わっていることなのだと気遣いの過ぎる友達のように囁きかけているみたいだった、いつのまにこんなに寒くなっていたのだ、おれはコートの襟をきつく合わせて、体温がこれ以上逃げて行かないようにつとめた、そしてそんな自衛は、おそらく最後の好機すら見逃してしまっていたに違いない、たとえおれがいまなにかに気を取られて立ち止まったとしても、きみはそれに気づかずに先へ先へと歩いて行くことだろう、おれたちはたまたま風に煽られて擦り寄ったビニール袋みたいに公園の出口へと向かっていた、暗い色を好んで着ることが多いきみは妙に淡い色のコートを着ていて、それはおれに懐かしいヒットソングを思い出させた、ああ、あのうたはこういうことだったんだ、と、そして、そのせいでこれからしばらくはそのうたのことをいまいましく思うだろうな、などと、すでにおれは明日からのことを考えていた、つぎは髪を切るのかい、とおれは皮肉たっぷりに話しかけてみようかと思ったが、やめた、それをきみが耳にしたとき、どんな言葉を返すのかまるで想像出来なくなっていたせいだった、最初のちいさな雪が頬をかすめていく、空はレクイエムの楽譜のようにさまざまな灰色の階層でおおわれている、そういえばそんなことを言ってた、あけがたのウェザーニュースで、午後から雪になるだろうって、色のない笑顔と研ぎ澄まされた活舌に支配された若い気象予報士がそんなことを言っていた、雪が降る、部屋に戻らないか、おれはどんな思惑もなくそう話しかけた、なんのこだわりもない一言だった、懐かしい素直さがそこにはあった、だがきみは振り返ることなく、なにかひとこと返すわけでもなく、これといったアクションを起こすこともしなかった、雪は少しずつ大きな粒に変わり、すぐに景色を埋め尽くすまでになった、おれは立ち止まり、きみが雪の中へ飲み込まれていくのを見た、もう探せないことは明らかだった、人気のなくなった公園のなかで、雪をしのげる大木のそばのベンチに腰を下ろして、ぼんやりとしているうちにいつしか眠っていた、そしてきらきらと輝く春の夢を長いこと見ていた、目が覚めるとあたりは薄暮に包まれていて、あれほど降っていた雪は少しも積もってはいなかった、ずいぶん昔にもそんなことあったな、こどものころのことだった、そんな雪にはロマンティックな思い出があった、気温はますます下がっていて、おれは震えながら公園を抜け出し、カフェを見つけ出してドアを潜った、グランド・ファンク・レイルロードが流れていてなぜかおかしくなった、カフェ・オレを注文して腰を下ろしていると、どこまでもどこまでもソファーに沈み込んでいく気がして、慌てて立ち上がってコートを脱いだ、そうすればそれ以上沈まないで済む気がした、カフェ・オレは暖かく、だけどどんな味もしなかった、あのころのように子供ではないのだ、感情の糸がどこかで断ち切られている、普通の一日のように古めかしい店のなかで、時間を掛けてそれを飲み干した、おれのなかにはまだ雪が降り続いていて、それは辺り一面をまっしろに染め上げ、いつもの場所に戻るためにはどうすればいいのか、おれにはまるで見当がつかなかった、ちくしょうめ、おれは立ち上がり、金を払って店を出た、戻ることは出来る、一晩眠れば落ち着きを取り戻すことは出来るだろう、ただそこにはかならずもの言わぬ欠落の影があり、もう二度と同じ形になることはないだろう。


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