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2019年05月16日03:46

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ジャンボ鶴田怪物伝説(522)

84年12月4日、全日本プロレスが福岡国際センターで興行を行った当日、高松市民文化センターにて新日本プロレス興行改めジャパンプロレスが旗揚げ記念チャリティー興行を行っています。

後楽園ホールではなくて高松になったのは新日本プロレスの岡山・香川地区の有力プロモーター、瀬戸内プロ企画の代表が大塚直樹代表と懇意の間柄だったからです。

高松市民文化センターと言えば新日本プロレスの黎明期からワールド・リーグ戦、MSGシリーズ、MSGタッグ・リーグ戦、IWGPなどの本場所シリーズでテレビ生中継で好カードを組むことで知られています。

75年5月9日の坂口vs大木金太郎、76年5月7日の坂口vsストロング小林、ペドロ・モラレスvsキラー・カール・クラップ、78年5月26日のWWWFヘビー級王者ボブ・バックランド来日第1戦、80年5月30日の猪木vs藤波、アンドレ・ザ・ジャイアントvsスタン・ハンセン、81年5月29日のバックランドvsハルク・ホーガン、83年5月27日の猪木vs前田日明、同年12月7日の藤波&前田組vs長州&アニマル浜口組などが組まれ、テレビ観戦のファンを熱狂させました。

直近ではこの年の6月1日に長州vsアンドレ、猪木vsアドリアン・アドニスのIWGP公式戦が行われています。(岡山武道館も地方大会では高松同様、新日本プロレスはかなり好カードを提供しているが、割愛)

新間寿は営業本部長でしたが、実際に現場を担当する統括責任者としてプロモーターとのリレーションを図っていたのはやはり大塚で、プロレスラーだけではなく、新日本プロレスの興行を買っていたプロモーターも大塚に引き抜かれた形になった訳です。翌85年以降は瀬戸内プロ企画は全日本プロレスの興行を買うことになります。

アメリカでのスケジュールがあるマサ齋藤、キラー・カーン以外の所属選手が試合に出場。選手が少なくて試合が5試合しか組めなかった為、試合前は選手と観客のちびっ子ファンとの騎馬戦のアトラクションが行われ、長州も終始笑顔で楽しんでいました。

第1試合(第1〜セミファイナルまでは15分1本勝負)は新倉史裕が若手の笹崎伸司と対戦。9分31秒、逆さ押さえ込みで新倉の勝利。

第2試合は寺西勇が仲野信市を6分22秒、ジャーマン・スープレックスホールドで破っています。

第3試合の小林邦昭vs保永昇男は8分1秒、小林がフィッシャーマンズ・スープレックスホールドで保永を撃破。

セミファイナルは浜口&谷津嘉章組の長州の脇を固める維新軍コンビが永源遙&栗栖正伸組と対戦。12分58秒、谷津が栗栖をワンダースープレックスから片エビ固めに決め、浜口&谷津組が順当勝ち。

メインイベントは当初は第1試合に出た新倉が2試合出場して長州とシングルで対戦する予定でしたが、長州の前に現れたのは新日本プロレスに出場しているストロング・マシンそっくりの赤いマスクに赤のショルダーパット入りのTシャツを来た謎の怪覆面X。

長州vs怪覆面Xのシングルマッチ(30分1本勝負)にカードが変更されました。試合は長州がリキラリアットからサソリ固めにXを捕らえて締め上げたところでレフェリーストップとなり、1分35秒、長州の完勝に終わっています。

怪覆面Xは誰か!?新倉よりは長身ですが本家マシンよりは細い。当日の全日本プロレス福岡大会でカードが組まれなかったあの選手の変身であると言われています。

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