(続き)
(『時計じかけのオレンジ』、主人公アレックスが女性をいたぶりながら殺人に至る場面から、刑務所内での集団朝礼の1シーンへ)
K;アレックスの場合、自分の二面性や弱さを自覚しない限り、善良になる、あるいは社会的な悪行を防ぐ事はできない。
内務大臣(アレックスに);罪状は?
アレックス;過って人を殺しました。
刑務所長;盗みのために女性を惨殺し、懲役14年です。
内務大臣(笑みを浮かべて);素晴らしい。野心的で攻撃性があり、社交的で、若くて、大胆且つ不道徳だ。彼にしよう。
K;『時計じかけのオレンジ』には、ある意味、彼と同じくらい悪人でより冷淡な人々が登場する。
(内務大臣はアレックスを”ルドヴィコ療法”で矯正治療にかけた。)
両眼を開けっ放しにする機械にかけられ残虐映像を見続けるアレックス;(涙を垂れ流しながら悲鳴声で)やめてくれ、頼む。これは罪だ、罪だ。
試験官または医師;罪だと?どういう意味だ?
(ロンドンのデモ隊に対する警官達の掃討行為のドキュメンタリー映像)
K;(問題は)政府が強権的にならずに社会の安定を保てるかだ。
若い世代間では、政治への不信感が高まっている。合法的な社会変革は時間がかかり過ぎ、役に立たないと思っている。
当局は逆に、テロや無政府主義の台頭に脅威を感じている。
実現可能かどうかは分からないが、重要なのは、どうバランスを取るかだ。
イギリスのTVニュース映像。
(英国は『時計じかけのオレンジ』を上映禁止の扱いにした。) 上映した劇場が訴えられたとアナウンサーが知らせる。一方、“暴力礼賛”との批判に対して監督は反発、と。
マルコム・マクドウェルへのインタビュー;
暴力的なシーンはニュースや西部劇にも溢れている。
ジョン・ウェインが悪者を撃っても、皆、彼を英雄だと思うだろう。それが自然な反応だ。人の想像力や心の暴力性をこの映画は描いているのだ。
この作品が貴重なのは、人間の選択の自由を訴えているからだ。メディアが騒いでいる衝撃的な場面より、余程大切な事だ。
K;映画がアレックスを肯定しているとは、普通なら誰も思わないだろう。
私はありのままのアレックスを見せたいだけだ。
アレックスへの共感を映像に感じ取る人もいる。でも、これは風刺映画であり、風刺の神髄とは、虚構を真実のように見せる事だ。
少しでも知性があれば、アレックスをヒーローとは考えない。
原作の小説に惹かれたのは、主人公の奇妙な二面性のためだ。
生来の悪人でありながら、彼の意図と関係なく物語が進むので、観客は己の人格を意識し、彼に感情移入するようになる。
(『シャイニング』の冒頭の1シーン、主人公の作家J･トランスがタイプライターを打っている。)
S;この作品の主人公についてはどう考えているか?
彼は本を書く自由な発想力を望みながら、神経症に自分自身を囚われていく。
K;ジャックがどんな人物かは観る人次第だ。
彼は自分にひどく失望して、怒りを抱いている。
妻を軽蔑し、息子の事も愛していない。
そして、ホテルの邪悪な霊に次第に侵されていき、超自然現象に次々と巻き込まれる。
(タイプライターから出てくる紙を見ると、全行”All work and no play makes Jack a dull boy”とだけ綿々と打たれている。所々に打ち間違いはあるが。)
K;彼は邪悪な霊の手先となり、その意のままに操られていく。
(『シャイニング』の有名なシーン。隠れる妻シェリー･デュヴァルの部屋のドアを斧で打ち破ろうとする主人公の人間とは思えない表情。妻のひきつった顔と悲鳴。)
S;取りようによっては、全てが頭の中の出来事のようにも感じる。
K;原作の小説が巧妙なのはまさにその点だ。
読者は全て主人公の想像の産物だと考える事で、物語を受け容れようとする。
(雪の降りしきるホテル。その庭を走って逃げる幼い息子。ケガでびっこをひきつつ斧を持って追いかける主人公。)
S;では単なる精神状態の投影ではなく、現実として霊魂と交流していると?
K;私は現実だと考えている。現実として全てを受け容れている。
S;3つの迷路が出てくる。
本物の迷路と模型の迷路、ホテルも一種の迷路。とても複雑な作りだ。
K;”迷路は人生と同じだ”と何かに書かれていた。
迷路の中では、人は出口への道順を教え合い、結果的に互いを間違った方向に導いてしまう。皆が助言を与えたがるが、全員間違っているのだ。
様々な分野の根底には死に関する考察がある。
人間の心理は常に死について模索しているのかもしれない。
S;あなたの映画は絶望感を与える。
K;誤った過程に基づいて人間の本質や社会状況を理解していたら、つまり、人間を本質的に善良だと考えているなら、そうだろう。
SF作家で共同脚本のアーサー・C・クラークへのインタビュー;
映画『2001年宇宙の旅』で実現したいのは、未来の世界を見せる事。
人類の進化における新たな段階だ。
ツィオルコフスキーは言った、”地球は人類の揺り籠だ。だが永遠には留まれない。”
宇宙の星々の間にこそ人類の未来があるのだ。
K;人類はクロマニヨン時代から進化していない。進化という意味ではこの先200年も変わらないだろう。だから、どう生き延びるのか、答えを出さなければいけない。その知恵をどこに求めるか、だ。
(『2001年宇宙の旅』、宇宙ステーション内、コンピューター”HAL”と主人公デヴィッド･ボーマン船長との会話)
HAL;こんばんは。
ボーマン船長;やあハル。
HAL;順調ですか?
ボーマン;まあね。
HAL;仕事を?
ボーマン;スケッチだ。
HAL;見ても?
ボーマン;いいとも。(スケッチブックをHALの謂わば”眼”に掲げる。)
HAL;いいできです、デイヴ。腕を上げましたね。
K;機械が支配する社会は既に始まっている。
美しいカメラやテープレコーダーに私達は愛情さえ感ずる。
この感情は、機械が人間を理解する助けになる。
HAL;9000型コンピューターにミスはありません。
私達はその言葉通り、絶対に間違わない。
ボーマン;いくら知性が高くても、何かをするには人間の助けが要るだろう。
HAL;問題ありません。人間と働くのは楽しい。
アーサー･C･クラークへのインタビュー;
人類が存続できるかは機械の”超知性”次第とも言える。
この未来予想を怖れる必要はないと思う。
知性というのは良いものだと私には思えるからだ。
超知性が人間よりタチが悪い筈はない。
(しかし、次第に常軌を逸していくHAL。クラークの主張とキューブリックの考えは次第に離反していくようだ。)
ボーマン;扉を開けろ、ハル。
HAL;デイヴ、悪いけどできません。
ボーマン;どうして?
HAL;理由は分かっている筈です。
ボーマン;何を言ってる?
HAL;重要な任務を危険に晒せない。
ボーマン;一体何の事だ?
科学者Aへのインタビュー;
HALは如何なる時でも単なる機械ではない。常に人間のような存在で、最初は乗組員を守っているが、その後、彼等への脅威となる。そしてHALは、全ての人間と同じようにミスを犯す。
科学者Bへのインタビュー;
機械が人間に反旗を翻したのだ。
この選択こそ間違いなのだ。宇宙飛行士が、メモリーのグラブを抜けば、機械は無力化されてしまうのだから。
(ボーマン船長はHALの膨大なメモリーを無言で1本ずつ抜き取っていく。HALの反応。)
HAL;私は怖い。
HAL;怖いよ、デイヴ。
K;今の世界に問題が発生しているのは、私達人類の知性が足りず、罠から抜け出せないからではないか。
HAL;デイヴ。
HAL;心が消えていく。
HAL;僕には分かる。
HAL;感じるんだ。
HAL;感じるんだ。
HAL;感じるんだ。
S;キューブリックの映画はテーマは皆同じだが、表現が異なる。
理性の下に隠された衝動や暴力、動物的な欲求、全ての映画で意識と無意識がぶつかり合う。
歴史でも私生活でも、最後に爆発するのだ。
(生涯最後の映画『アイズ・ワイド・シャット』(1999)、主人公がある秘儀めいたパーティに向うシーン。
仮面と黒いコートをまとう主人公。)
主人公ビルを演じたトム・クルーズへのインタビュー;
テーマはセックスじゃない。この作品は、性的妄想や嫉妬を巡るスリラーだ。
刺激的で現実離れしたところもあるが、ポルノ映画じゃない。監督はそう望まなかった。
(別々のパーティで、謂わばアバンチュールを愉しんだ筈のビルとアリス夫婦の口論のシーン)
妻(ニコール・キッドマン);男には分からない。
夫;分かるのは、君が酔っていて、嫉妬させようとしている事だ。
妻;あなたは嫉妬しない。
夫;ああしないね。
妻;一度も妬いた事がない。
夫;ないね。
妻;どうして嫉妬しないの?
夫;分からない。君が僕の妻だからかな。
キッドマンへのインタビュー;
誰にでも道を踏み外したり、欲望に支配されたりする危険があると思うか?
キッドマン;ええ、勿論。それを事実と認めるかはその人次第だろうけれど。
K;許されない相手と知りながら恋心を抱くのは、肉体がそう動いてしまうのだ。
私の知る限り、自虐的で悲劇的な関係は、生理的な魅力で成り立っている。
人間心理の原始的な部分で、眼の前の神秘的な営みに魅了される、それはある種、男が抱く壮大な性的ファンタジーの一部だ。
理屈で説明しようとすれば、破綻してしまう。
S;あなたは革新者で慣習を破るのが好きな一方、伝統も意識している。
K;20世紀のあらゆる芸術で、失敗を招いた原因の1つは、独創性に固執し過ぎた事だ。
革新は前進を意味するが、古典的な形式や現行の手法を捨て去る訳じゃない。
だが、真の意味での芸術の爆発は、物語の構造から解放された時に訪れるだろう。
S;作品のジャンルに拘りはないのか?
K;そういう自覚はないが、良い作品を作るのは奇跡であり、奇跡を起こすのは難しい。
K;シュニッツラーの最期は素晴しかった。
彼は原稿を手渡そうと机から立ち上がって倒れ込み、そのまま亡くなった。
病気ではなく、仕事をしながら死んだ。
トム･クルーズへのインタビューの続き;
日曜に(キューブリックと)話す予定だった。
夜中に電話が鳴り、スタンリーかと思ったが、レオン(プロデューサー レオン･ヴィタリだろうか?)からだった。
彼は、キューブリックが就寝中に亡くなった、と。
僕は信じられなかった。
K;観客の期待を裏切る結末にするか否かは、好みやバランス次第だ。
常に問題になるのは、メロドラマが作りだす幻想を終始推し進めるか、それとも、自分の人生観を作品に反映させるかという点だ。
メロドラマは登場人物達に様々な困難を与える事で、世界は善意に満ちたフェアな場所だと観客に示す。試練や苦難、不運な出来事の全てはこのためにある。
一方、悲劇や現実に近い形で人生を描写した作品では、観客は観たあと虚しさを覚えるかもしれない。
だが世界のありのままの姿を伝えない定石通りの手法は、単なる娯楽映画でない限り、あまり価値がないだろう。
最後のキューブリックの言葉の背後で画面に映し出されていたのは『博士の異常な愛』のラストシーン、跨いだ男を乗せたミサイルは地面に近づいていく。そして、遂に水爆の炸裂。膨大なきのこ雲の発生。
そして『スパルタカス』のラストシーン、見渡す限り向う迄人間の死体が累々と転がっている。
ディレクター グレゴリー・モンロ
インタビュアー ミシェル・シマン
音楽 ヴァンサン・テアール
編集 フィリップ・バヨン
2020年/フランス・ポーランド
(お終い)
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