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2019年08月21日15:20

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チェコ国立バレエ 『イリ・キリアン 時の架け橋』

6/17(月)、NHK-BSの[プレミアムシアター]で放送されたのは、チェコ国立バレエ団公演『イリ・キリアン 時の架け橋』のライヴ収録。

全編チェコ出身のイリ・キリアン(1947- )による振付作品。イリ・キリアンは英語発音による表記で、母国語ではイジー・キリアーンと書くのが近いそうだ。

イリ・キリアンはプラハに生れたが、1967年英国留学、ロイヤル・バレエ学校で学び、1970年、ドイツのシュトゥットガルト・バレエ団に所属、1975年にネザーランド・ダンス・シアター(NDT)の副芸術監督、1978年に芸術監督に就任、新たな振付による多くの優れた作品を世に送り出した。1999年には芸術監督から退いたが、その後も同団との深い関係を保っている。
NDTは彼と彼の作品によって世界的バレエ団に成長したと言って過言でない。

キリアンとチェコを分断したのは、1968年の「プラハの春」に続く「チェコ事件」だった。結果的に同国との断絶は1989年の「ビロード革命」、共産党一党独裁体制の崩壊によって終わったが、彼の作品がチェコで本格的に演ぜられたのは、昨2018年の本公演によってだった。
永い時間がかかったものだ。

本公演のデータを整理しておこう。

振付 イリ・キリアン
出演 チェコ国立バレエ団
指揮 ヤロスラフ・キズリンク
演奏 国民劇場管弦楽団/国民劇場オペラ合唱団
収録 2018年10/11、国民劇場(プラハ)

チェコ国立バレエ団には日本人女性が3人活躍しており、本公演にも出演していた。
 ファースト・ソリスト 荻本美穂
 ソリスト 渡辺綾
 コール・ド・バレエ 藤井彩嘉

バレエは5作品、その間に、ダンスなしで1曲だけ国民劇場管弦楽団による演奏が行われた。
プログラムは以下の通り。

1)《詩編交響曲》(振付1978)
音楽 イーゴリ・ストラヴィンスキー

2)《ベラ・フィギュラ》(1995)
音楽
 ルーカス・フォス《サロモン・ロッシ組曲》より
 ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ《スターバト・マーテル》より
 アレッサンドロ・マルチェルロ《オーボエ協奏曲》より
 アントニオ・ヴィヴァルディ《2つのマンドリンのための協奏曲》より
 ジュゼッペ・トレルリ《コンチェルト・グロッソ》より

3)《小さな死》(1991)
音楽 W・A・モーツァルト
 ピアノ協奏曲第23番KV488〜第2楽章アダージョ
 同第21番KV467〜第2楽章アンダンテ

4) 間奏曲 (演奏のみ)
音楽 W・A・モーツァルト
 ピアノ協奏曲第23番KV488〜第3楽章アレグロ・アッサイ

5)《6つの踊り》(1986)
音楽 W・A・モーツァルト
 詳細不詳。

作品毎に少しずつレポートしておきたい。

1)《詩編交響曲》
1978年の振付であるから、キリアンがNDTの芸術監督になった年、初期の作品となる。
ストラヴィンスキーがこれを作曲したのは1930年、新古典主義時代で、前衛的な作風はあまり感じられない。
混声4部合唱が入るが、彼等は左右の2階ボックス席前のバルコニーに陣取る。
木製の椅子がほの暗い舞台正面向きに4脚、上手左向きに4脚セットされていて、教会を想起させようとする狙いか。
男女8人ずつのダンサーが椅子の後ろから次第に現われ、全体で、またデュオで踊る。振付には、所々に新しさも挟まれるが、ベースはクラシックな動きの積み重ねで、美しくシンクロナイズする事に意識が払われており、そういう意味で、コンテンポラリーバレエとしては古臭い。

2)《ベラ・フィギュラ》
「ベラ・フィギュラ」とは「何喰わぬ顔で」という意味らしい。
バロック時代の音楽が4曲使用されている。但し最初のルーカス・フォス(1922/独-2009/米)は20世紀の作曲家で、擬古的作風。

音楽が始まる前に、何人かの男女が既にステージにいて、バラバラにウォーミングアップ風の動きをしている。
天井からは棺のようなガラスケースが斜めに吊り下げられていて、中には裸の人形が入っている。

多くのダンサーが、重層的な暗幕と照明によって作られた現実と夢の空間を行きつ戻りつする趣き。
赤いだぶだぶのスカートをはいた男女一群は上半身裸で、暗い舞台で上からのスポットライトに当てられて、古代ギリシアの巫女のような動きをする。
そこから2人の女性が残り、舞台前面に座って官能的な交歓の舞を踊る。
エーゲ海レスボス島の女性詩人サッポーの伝説をイメージしているのかもしれない。

音楽が終わったあとも、冒頭と同じように、無音下でばらばらなダンスが踊られる。
これらは謂わばプロローグとエピローグの構成となって、本編を括弧で括っている。

3)《小さな死》
モーツァルトのピアノ協奏曲の中では最も知られていて、もはや軽音楽的に扱われる事も多い2つの緩徐楽章が使われる。
冒頭、曲間、ラストに、ごうごうとした風の音が舞台を吹き抜ける。

まずは6人の男達、フェンシングの剣を手足で弄びながら踊る。
そこに同じ数の女性ダンサーが加わり、3組のパ・ド・ドゥ。
繊細で傷つきやすい男女の関係が、コンテンポラリーの豊かなダンス言語で演ぜられる。
ごうごうとした音は、彼等の心の隙間を吹き抜ける風の象徴か。

5)《6つの踊り》
モーツァルト初期の明るい長調の舞曲に合わせ、濃い化粧の白面男女が、ロココ風コスチュームでコミカルに踊る。男は銀髪のカツラ、女はぼさぼさの髪。
時に、コロ付きのコスチュームスタンドで体を隠し顔だけ出した男が、ニヤッと笑い、スタンドを左右水平に動かして踊る。この動きがバレエとは全く異次元のそれで、実に滑稽。
宮廷の男女は、愛をゲームのように愉しみ、またいがみ合い、もつれ合う。
これはロココに限らぬ男女の普遍像ではないか、との皮肉なキリアンの眼差し。

終了後、チェコの観客達は、イリ・キリアンを舞台に迎え、熱狂的な拍手をした。
 
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