『鈴蘭の実』
さみしさを遡れば、哀しみの水の上で、孤独の舟に揺られ、幽かな音を立てながら降りかかる記憶にぬれる。淋しい山水画の川のほとりに寂しい染みが残っている。川も流れていれば気色は海へと還るだろうが、澱みに堕ちた、時の枯葉は止まったままで回り続けている。
山道の実は美しいまま、くすんだ背景の中に赤くあり、鳥は向こうの山で軽妙に鳴いている。
「ご一緒にいかかですか?」
彼女の横顔は、私の言葉を予め知っていたのかと思えるほどゆっくりとこちらに向く。
白い花びらは大切なものを孕んだように少しだけ開いて、俯いたまま匂いを放つ。周りの全ては壁に描いた背景に過ぎず、そこだけ時が動いていた。
「じゃあ、お言葉に……」
彼女と過ごした一瞬の全ての場面が記憶され、風に漂う髪の香りが、鈴のように笑う声が、そして小さく開いた唇も。それら全ての場面が永遠に途絶えた。
赤い実は土の上に堕ち、坂道を、空と地と、地と空とを入れ替えながら、転がっていく。そしてまた、淋しい山水画の川のほとりで灰色の寂しい染みになるのだ。
【企画】短編と詩『さみしさ』
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