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2018年05月27日09:12

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小説『戦わない国』⑴

『戦わない国』(1)


 昭(アキラ)は毎晩夢を見る。物心ついた時からそうなのだが、次の夢は、必ず前回の続きから始まるのである。


【現】昭の家族

「昭さん、朝、寝汗でパジャマがビショビショだったでしょう?疲れてたのね、今日一日休んでどう?疲れは取れた?」
 昭の妻は、体が弱い夫をいつも気遣っている。それ故に彼は、妻が更に色々と心配しないよう夢の事は秘密にしている。
「ああ、まあ、なんとか。」
 彼は大概、いい加減な返事をし、妻には、健康管理にいい加減な夫だと思われ、彼女の心配を解消させるまでには至らない。
「もう、本当に大丈夫?今日はぐっすり眠ってね。」
「うん。」
 現実世界では、昭は五十歳を迎えた自営業者。彼の一人息子、猛(タケシ)は大学生で、屈強な体格をしているせいもあって、父親の痩せて弱々しい体格を少々馬鹿にしているところがある。
「父さん、俺が大学卒業するまでは死なないでよ。ははは。あ、いや、俺が就職するくらいまでは頑張ってね。」
「はい、はい。」
 実際、息子に言われなくとも彼はそのつもりである。
「ちょっとタケシ、もう、そんな事言わないで、お母さん涙が出てくる……」
 彼女は涙もろい。
「ああ、分かったごめん、ごめん、冗談だよ。」
 屈強な息子でも母親には弱い。
「俺は死なないから安心しろ。」
 昭はそう言ったが、
「真実味がない。」
 と彼女は涙を拭きながら笑った。彼も少し笑って「おやすみ」を言った後、二階の寝室へと上がった。
 

******

 昭は、子供の頃から痩せていて、弱々しく見えるためか、同級生によく虐められた。教室で不良少年達に囲まれる事はよくあったが、辛抱出来ずに一度だけ彼はこんな事を言い放った。
「僕は、お前たちのような悪を倒すために訓練を受けている。死にたくなかったら消え失せろ!」
 線の細い男の子の言葉には真実味がない。
「お前、笑わせるぅー。」
 不良少年の切り込み隊長がそう言うと、一度後ろに走って振り返り、
「それなら、このジャンピン・キックをよけてみろ!死ね!」
 と言いながら、彼に向かって勢いよく飛び蹴りをして来た。しかし彼は、少年が思うよりは俊敏だった。飛んでくる足を左腕で払いのけた後、右拳で少年の顔に当て身を入れた。すると少年はそのまま床に崩れ落ちてうずくまり、二、三秒黙って動かずにいた。昭は自分がやった事に驚き、口を半開きにしたままじっと奴を見ていた。教室の皆も、そして不良少年達も。しかし、昭が顔を上げると、奴等は驚愕の表情を見せ、一瞬後退りしたが、仲間同士で顔を見合わせると、また昭の方へと向きなおり、叫びながら一斉に彼に飛びかかった。
 それから彼は床に倒れこんで石ころになった。激しい痛みが外殻に響くのだが、徐々に感覚が薄れて行く。彼はただ嵐が去るのをひたすらに待った。辛い時は必ず過ぎて行くと信じていたから。

******

 昭は時々石ころになり、こうして生を五十年永らえさせた。しかし、夢の世界では時間の枠は短かく、彼はまだ二十歳である。そして特殊能力を持つ彼は、もし民族に災いが降りかかれば、仲間を護るため、立ち上がらなければならない。


【夢】アラタ島の四傑

 石ころが蹴られ、地面を転がって壁に当たる音に気づき、アキラは目を覚ました。ヤブレオ(破男)の足音が近づいている。アキラは暗い洞穴の隅で横になったまま、癒術士のサユメ(白癒女)の手によって、恐竜の牙で切られた腹の治療を受けていた。彼女は彼が気を失う前からずっと腹に手を当て癒術を施していた。
「気づいたのね、アキラ、良かった。」
「ありがとう。お陰で助かった。二人は?」
「大丈夫。みんな助かったわ。」
 洞穴の入口に髭面のヤブレオが現れ入ってきた。
「アキラ、気づいたのか?よかった。あん時、あんたが戻って来てなけりゃ、俺たち三人とも恐竜達の餌になってた筈だ。恩人には死なれちゃ困るぜ。」
「ああ、まだ死ねないさ。四人の誰一人抜けてはいけない。これからまだやる事がある。……外の様子は?」
「ああ、また一つ村が潰されたようだ。向こうで黒煙が上がっている。恐竜の奴等、やっぱり、島人の殲滅を目論む奴に操られてるな。」
「多分……」
 洞穴内の反対側から、呪術士のアマヒキ(雩姫)の声が聞こえる。
「……呪術士が操ってる。洞穴に隠身(カクシミ)を張ってるけど、ここが見つかるのは時間の問題よ。早めに出た方が良さそう。洞穴の中じゃ逃げ道が無いから。アキラ、傷の具合はどう?」
「ああ、まあ、なんとか。」
 アキラは、夢の世界でも同じ言葉を発した事が可笑しくて笑みが溢れた。
「もう大丈夫ね。アキラ、そろそろ出ましょう。」
 サユメの言葉で四人は洞穴を出る支度をした。

 四人が住む国は、百年ほど前まで海を隔てた大陸にあったが、度重なる近隣諸国の覇権争いから逃れるため、国家ごと大海を渡ってこの大きな島に移り住んだ。そしてこの地をアラタ(新太)国と名付けた。島は大河で東西に分断されており、川幅の狭い山岳地帯は寒冷なため、西側に古くから棲む大型恐竜達は、東に渡って来る事はなかったのだが、ここ三ヶ月で幾つもの村が大型恐竜によって破壊された。事態を重く見たアラタ国の王は河川沿いに軍を置いて警備させているが、数を増した恐竜達の一部が境界を突破しているのが現状である。そこで、恐竜越境の原因を調査するため、アキラを含め四人の特殊能力を持った若者達が恐竜地帯に送られる事になった。

 彼らが洞穴を出ると、太陽は真上まで来ていた。ヤブレオが先を行き、北方の岩間の向こうに立ち昇る黒煙を指差した。
「あそこだ。ついさっき煙が上がり始めた。」
 サユメは、一度目を瞑った後、ゆっくりと目蓋を上げ、若葉のような緑色の瞳で、黒煙の上がる辺りを注視した。
「装甲恐竜三体が燃える村から東に向かってる。」
 サユメの言葉に驚き、ヤブレオが驚いて言った。
「装甲恐竜?鎧(よろい)竜じゃなく、人が鎧を着せているという事だな?じゃあ呪術士だけじゃなく、向こうに他国の軍がいるという事なんじゃないか?そうだとすると、もっとやっかいだ。」
 四人は顔を見合わせ眉間に皺を寄せた。
「サユメ、伝書を頼む。」
 アキラは、紙片を取り出すと、都に向けた一文を小さく書いてサユメに渡した。彼女はそれを丸め、肩に乗せていた鳩の筒に差し込み、鳩を空に放して呟いた。
「戦(いくさ)に、なるのかなあ?」
 四人は、鳩が去っていく東を見ながら黙っていた。そしてアキラは三人に向けて言った。
「……百年平和だったのが奇跡なのかもしれない。みんなは二十歳。俺もそうだが、俺は向こうの世界で五十年生きたからいいが、君らはどうか生き永らえてくれ。」
「だめよ、みんなで帰らなきゃ。そのために私も全力を尽くす。アキラだって、さっき、四人の誰一人抜けてはいけないって言ったじゃない。」
 サユメがそう言うと、アマヒキとヤブレオも頷いた。
「悪かった。」とアキラ。
「実はあたしも向こうにいるの。」
 アマヒキの突然の告白に皆が驚いた。
「だからアキラの気持ちはよく分かる。」
「どうして言わなかったんだ?変な話、向こうでお茶したりも出来たのに。」
 アキラが笑いながら訊くと、アマヒキは
「女だから。」と言い、三人は数秒沈黙した。
「なぞなぞか?」とヤブレオ。
 皆はクスクスと笑いだした。
「とにかくアキラ、生きて帰りましょ。きっとうまくやれるから。」
「ああ、そうだな。」


【夢】敵兵との夕べ

 恐竜生息域へは敵に見つからないよう山岳地帯を越えて行く。けもの道はいつもと何ら変わることなく、風に擦れる葉音に時折鳥の囀りが混じる。見上げれば、大樹の葉影の向こうに青空が見え、島は平和そのもののように彼らには思えた。
 日が陰り始めた頃、渓谷に差し掛かった。川幅が狭くなっている所があり、そこにロープを掛けて西側へ渡る事にした。アキラはロープの片方を木の幹に縛り、もう片方を持って走った。そして幅二十メートルはある渓谷を軽々と飛び越えた後、ロープを木に巻きつけた。ヤブレオは滑車を掛けてサユメとアマヒキを渡らせた後、最後に自分も渡った。そして東側のロープを解くため、アキラは飛んで元へ戻った。そしてロープに手をかけた時、向こう側のサユメが慌てて掌で制し、隠れるよう身振りで知らせた。そして皆、樹木や岩陰に隠れて息を殺した。しばらくすると、西側から男の鼻歌が聞こえて来た。林から現れたのは、腰に剣を佩(は)いた、薄茶色の上下を着た男で、その服は、島では見たことのない、体に吸い付くように仕立てられた、襞(ひだ)の無い物で、その男は制帽を被っている。男は私達に気付かず、川に向かって立ち小便を始めた。彼は渓谷を覗き込んだり空を見上げたりしていたが、突然、鼻歌をやめ、動きが止まった。ロープに気づいたのである。男は周りを見回しながら小便をやめ、振り返って林の方へと走って逃げた。それをヤブレオが追いかける。男は林に入った直後、再び慌てて戻って来た。男はヤブレオに気づいて戸惑ったが、構わずにヤブレオの方へと向かって来る。
「た、助けて!」
 男の背後から小型の肉食恐竜が迫っていた。ヤブレオは全速で走り出して飛び蹴りを放った。男は恐怖に慄き、頭を抱えて地面に倒れこんだ。ヤブレオは男の頭上を通り越し、向かって来る恐竜の鼻先に蹴りを入れた。恐竜の首は捻れ、地面に倒れて草むらにのめり込むと激しくのたうち回って我を失い、また急に走り出して渓谷へと落ちて行った。男はまだ頭を抱えている。
 ヤブレオが歩み寄ると、
「や、や、助けてくれ、あ、いや、助けてくれてありがとう、あんたの事は誰にも言わん、どうか、助けて、何でもするから、」
 男は両手を合わせて言った。
「殺さないで!」とサユメが言った。
「じゃあ、まず、口を噤んで貰おう。」とヤブレオは男を木に縛り上げ、猿ぐつわをかませた。アキラは渡ったロープを解き、再び渓谷をジャンプして渡った。男は目を見開いて驚き、首を横に振っている。
「さあ、訊かせて貰おう。お前達は何をしに来た?」
 アキラが猿ぐつわを外しながら訊くと、男は落ちつかない様子で答えた。
「いや、あの、俺はタイコウ(太光)国の兵士ですが、何をしに来たかと言うと、命令で言えば、侵略、侵略なんですけど、でも、誰も侵略なんてしたくないんです。何かがおかしいんです。タイラ王陛下は人が死ぬのが嫌いなんで、わざわざ遠征するなんてことは今まで一度も無かったんです。なのに、ある人が来てから陛下の命令の内容がガラリと変わっちゃってですねぇ。だって、この島の国王も元はと言えば戦嫌いだったからここに移った訳でしょう?うちの国王陛下もそんな、ここに移ると決めた王様を尊敬してるって仰ってた訳ですよ、なのにねえ。もう、だから、そんな王様が治める国の一員であることを誇りに思うから、兵士たちも、そんな国を守るために、もの凄く訓練に励んで来た訳ですよ。ねえ、うちの兵士、誰もここで戦なんかしたくないんですよ、実際、この国の人の中には、特殊能力を持った人達がたくさんいるらしいし、貴方もそうでしょう?」
 言い終わって、アキラは笑った。
「はは、喋ってくれてありがとう。で、その、ある人、っていうのは?」
「それが、うわさなんですけど、この国の出らしいんです。」
「何ぃ?」ヤブレオが凄む。
「ちょっと待って、勘弁して下さい、ほんと俺なんか下っ端なんですから許して下さいよ。うわさです、うわさ。何でも、呪術士で、この国の高官だったって話です。」
 アキラがアマヒキの方を見ると、彼女は前に進み出て男に訊いた。
「そいつ、小さい?歳は?」
「背のことでしょ?小さいですよ、お嬢さんぐらいだ。歳は分かりませんが、三十歳くらいですかね。鷲鼻で顎が長いちょっと変わった顔の、」
「あいつだ!」アマヒキが言う。
「心当たりがあるのか?」とアキラ。
「大あり。名前はカザマキ(風巻)、通称ホラフキ(法螺吹)。私より上級者だけど、高官なんかじゃないわ。口が達者な男。数年前に呪術界を追放されたわ。おそらくタイラ王はその男の為に催眠状態になってるんだと思う。」
 アマヒキの言葉に男は驚いて怒り出した。
「陛下を催眠術でたぶらかすとは、ちくしょう!あの野郎、ただじゃおかんぞ!……んん、どうか、あなた達の力を貸してはくれまいか。とりあえず、この事を上官に話してみようと思います。軍隊だけに留まらず、本国国民の間にも不満は募っていますから、両国間で協力すれば、良い方向に進むんじゃないかと思うんですが。どうですか。」
 ヤブレオが、アキラと男の間に割って入る。
「アキラ、どうするよ、このヘナチョコを信用するのか?さっき、自分でも下っ端って言ってたぜ。もしこいつが本気だとして、上の人間が、この下っ端の話を鵜呑みにすると思うか?」
「鵜呑みにはしないだろうが、身内全体の不満が強ければ、秘密裏に俺たちと話してみようと思うんじゃないか?タイラ王が国民に慕われているとすれば、操られている王を救おうとするのが国民の心情じゃないだろうか。」
「賛成。」とサユメ。
「アキラ、耳を貸して。」と彼女は、男から離れた所へアキラを引っ張り耳打ちした。
「この人が本当に言った通り話すか、私が向こうで聞き耳を立てるわ。ちゃんと話さなければ私が戻って攻撃方法を考えればいい。どう?」
「よし、この男に賭けよう。双方の君主のために。」
 アキラは向き直り、木に縛り付けたロープを解きながら男に訊いた。
「あんた、名前は?」
「俺、ヤマノコ(山児)。陛下のために頑張ってみます。数日かかるかもしれませんが、皆さんはこの辺りで待っていて下さい。」
「それじゃあヤマノコさん、縛って悪かった。宜しく頼みます。」
 四人はヤマノコと握手をして彼を見送った。その後、アキラはサユメに言った。
「みんなで行こう。君だけに行かせる訳にはいかない。」
 他の者も賛同して四人は、数日敵の側で潜んでも良いように食料と水を用意して、早速ヤマノコを追った。


【夢】野営地の夜

 ヤマノコは、日が沈んで行く西へと、針葉樹林の緩やかな下り斜面を走って行く。四人はかなり離れて追っている。サユメは彼の足音を聞き逃さないように走らなければならない。徐々に風が冷たくなって来ている。しばらく行くと、麓付近で樹木が伐採されており、タイコウ国軍はそこに野営地を作っていた。ヤマノコがその中へ走り込んだので、サユメ達は五十メートルほど離れた丘の木陰で会話を聞き取る事にした。
 ヤマノコがテントに入った後は、沢山の兵士の話し声が有り、サユメは聞き分けるのに苦労したが、唯一人息を切らしている声が聞こえた。
〈大隊長は居られるか?〉
〈あれ?小隊長、今日は上で警備じゃないんですか?〉
〈ああ、大至急、大隊長に話しがあって戻って来た〉
〈何かあったんですか?〉
〈いや、あまり詳しくは話せない〉
〈ああ、すみません。大隊長は一番テントで会議中です〉
〈ありがとう〉
 ヤマノコは歩き出した。三十メートルほど歩いた所だろうか、彼の声が聞こえる。
〈第一小隊長ヤマノコ、入ります!〉
〈ああ、ヤマノコ、貴様、小隊長のくせに一人見張りに出やがったそうじゃないか、どういうつもりだ〉
〈はっ!大隊長殿、現時点では敵に動きがありませんので、出来るだけ兵を休ませてやろうと思いまして〉
〈アホか、だからって貴様が疲れてどうする〉
〈いいえ、自分は名前の通り野生児ですので心配ございません〉
〈まあいい、次は別の者にやらせろ、で、何だ?〉
〈実は、大隊長殿にお話したい事がありまして〉
〈だから、何だ、と訊いているんだ〉
〈いえ、内密に……〉
〈何だ、またか、んん、分かった、皆外してくれ〉
 四、五人がテントを出て行く。最後の一人が出るとヤマノコが早速大隊長に近寄って話した。
〈何を偉そうに。カワノオ(河男)、お前いつからそんな偉そうになったんだ〉
〈いやいや、お前も知ってるだろ、俺は一年前に大隊長になったじゃないか、お前のことばかり依怙贔屓してたら他の小隊に不満が出るって〉
〈やかましい、ん、まあいいや、そんな事より……〉
 ヤマノコは、渓谷で会った四人との事を上官に伝えると、上官は、早急に師団長に掛け合うので明日四人を連れて来るように言った。
 サユメはヤマノコが嘘をついていない事が分かり、ほっとした。
「彼は上官に話を通したわ。今から話に行く?アキラ。」
「いや、秘密裏に進めないといけないだろうから。帰るのが得策だな、ただ、周りを見てみないか?」
「え?はっ!」サユメや他の者も異変に気づいた。
「まぁじかよ。」ヤブレオがため息を吐いた。
 皆、意識を野営地に集中していた事で、自分達の身の周りに起こっている事に全く気づいていなかった。辺りを見回すと、十頭ほどの鎧(よろい)竜に囲まれていた。伏せて並ぶ四人を岩くらいにしか思わなかったのだろう、大樹の周りに集まって休んでいる。そしてとうとういびきのような音を立て始めた。肉食恐竜ではなくとも、体が五メートル以上あり、棘だらけで、不用意に動いて暴れられればひとたまりもない。誰もそこから離れる事が出来ないでいる。皆、息を潜めてアキラの方を向き、彼の言葉を待っていた。
「んん、何か話さないといけないみたいだな。……恐竜が山岳地帯を越えて来ないのは、気温が低いからで、気温が低いと、虫がそうであるように、動けなくなる。ということは、夜になると気温が下がって恐竜達は仮死に近い状態になるのではないか、それならば、あと少しの辛抱?」
 念仏のようにアキラが言うと、
「ほんと?でも、寒い日に翼竜が飛んでるのは何故?」とアマヒキが残念そうに訊く。
「幻覚じゃないのか?」とアキラ。
「じゃあ、この鎧竜も幻覚ね。」とアマヒキ。
「だとありがたい。」とアキラ。
 日は暮れ、気温はどんどん下がって行く。しかし一向に恐竜の息遣いは変わらない。仮死状態になるどころか、寝ぞうの悪い恐竜もいて、いつ寝返りに潰されるか分からない状態に恐怖は募るばかりである。辺りがすっかり暗くなった頃、サユメが騒ぎ出した。
「あ、ちょっと、ちょっと待って、どうしよう、この恐竜引っ付いて来る。アキラ、どうしよう、棘が!」
「ヤブレオ、なんとか二人で押さえて食い止めよう。」 
 アキラは木の幹を背に、ヤブレオと二人で恐竜の体を足で支えた。
「サユメも変な奴に好かれたもんだなあ。この恐竜ワザとやってないか?」
 ヤブレオが笑う。
「そうか、なるほど。」とアキラは大真面目である。
「サユメ、コイツを手なづけられないか?癒しって恐竜にも利くんじゃないか?」
 サユメは少々涙声で、
「やった事無いよ、でも“駄目もと”でやってみる。」
 と言って、ヨロイ竜の棘に両手を当てた。するとヨロイ竜は驚いて突然立ち上がり、サユメはそのままヨロイ竜の棘にぶら下がった状態になった。
「サユメ、飛び降りろ!」
 アキラが小声で叫んだが、
「もう少し待って、……ほら。」
 とサユメは楽しそうに言った。すると、ヨロイ竜はゆっくりと後足を曲げ、そして前足も曲げて伏せる。
「もう大丈夫。みんな乗って。」
「え?もう手なずけたのか?こんな短時間に?」
 ヤブレオが両手を広げて信じられないといった様子。
「ああ、いいなあ、あたしもペット欲しい!」
 アマヒキがヤブレオのエスコートで上に上がった。最後にアキラが乗ると、ヨロイ竜は再び立ち上がって向きを変え、渓谷の方へと歩みを進める。
「サユメが触れると手なずけられる訳だから、アキラは昨日の時点で手なずけられていたって事か。」とヤブレオ。
「え?俺、手なずけられてたのか?」
「そんな事出来ないよ。恐竜は単純だから出来たんだと思う。」とサユメ。そしてアマヒキはヤブレオに言った。
「あんたは一瞬で手なずけられるわね。」
「いや、もう手なずけられてるよ。ごろにゃん。」
「何であたしになつくのよ!」

 翌日、ヤマノコ他数名が渓谷に迎えに来た。大隊長は、呪術士とアキラ達の事を急ぎ報告するため、師団長の元に向かったという。四人は彼らが用意した軍服とメイド服にそれぞれ着替え、彼らと一緒に山を下りた。麓に着くと、恐竜二頭を繋いだ竜車が停まっていて、皆それに乗って出発した。
 日差しは朝から強く、テント式の竜車の中は既に蒸し暑かった。地面には轍が出来ていて、かろうじて道と呼べる所を進んでいるが、車体は軋む音を立てながら随分揺れた。近くに恐竜の群れがあり、人とは互いに干渉しない距離に保たれているのだが、もっと車のクッションが利いてさえいれば、自然動物園を見物のために進んでいるように感じられただろう。
 しばらくすると、その揺れは皆の眠気を誘った。


【現】真夜中の約束

 アキラが目が覚ますと寝室は真っ暗で、街灯の光がカーテンを微かに浮かび上がらせていた。喉の渇きを覚えて、明かりも点けずにキッチンへと下り、グラスに水を注ぐと一気に飲み干した。
 トイレに行こうと廊下に出ると、息子の部屋のドアが少し開いていて、隙間から明かりが漏れていた。
「おう、タケシ、まだ起きてたのか?」
「あ、父さん、良いところに登場。俺も今、目が覚めた。実はお願いがあるんだけど。」
「お金は母さんに言ってくれよ。俺は金持ってないから。はは。」
 猛は真面目な顔をして言った。
「いや、お金じゃなくて、今度の土曜、キャンプに連れて行ってくれない?」
「ああ、車使って良いぞ。」
「いや、そうじゃなくて、話したい事があるから。」
 父親というのは、息子が苦手である。妙に話をはぐらかしたり、目を合わせなかったり、挙句の果てにとんでもないことを言ったりするものである。
「なんだ、彼女が妊娠したのか?」
「彼女居ないし。」
「じゃあ、何だ。」
「いや、だから、今度話すよ。」
「あ、そうか、そうだな、分かった。じゃあ、土曜にな。おやすみ。」
 そしてアキラは寝室に上がってベッドに就いた。そしてトイレを忘れている事に、やっと気づくのである。
(ああーっ、もう、畜生め!)
 妻が目を覚まさないよう、声に出さずに毒づき、そして昭は人知れず、再びトイレへと向かった。





『戦わない国』(2)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1966757332&owner_id=60260068
『戦わない国』(3)
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