●2014年03月15日(土) 晴れ
▼『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』で、内山さんは
いくつかの、すぐれた、そして重要な指摘をしている。
そのひとつは、私たちは往往にして「日本人」という言葉を使うが、
その言葉の「あやうさ」についてである。
「日本人」というとき、縄文人・弥生人や、あるいは北狄・東夷・
西戎・南蛮として、クマソやハヤト、アイヌあるいは琉球といった
「人種・民族」的な同和問題としてある「日本人論」の「あやうさ」は
これまでも、よく取り上げられた。
しかし、等し並みに「日本人」を語れない、もうひとつの根拠については
多くの「日本人論」でもあまり触れられてはいないと思う。
▼内山さんが指摘したのは、同じ「日本人」であっても「歴史世界」を異にする
人々がいる事実を、「キツネの話」で展開したところにある。
以下、同書から引用する。
安倍晴明は西暦１０００年頃に京都で活躍した人物であり、
京都をはじめとして各地に
晴明神社が展開している。
(中略)
(晴明のことは)古くは、『
今昔物語』『
宇治拾遺物語』などの
説話のなかに登場する。晴明はいっときの人ではなかった。
むしろ死後にさまざまな装飾を伴って、伝説化されていった。
説話として残っている晴明の活動をみると、鳥や動物に特別な
能力のあることが話の前提になっているときがある。
しかしそれは動物自体にすぐれた能力があるのではなく、
「
式神(しきがみ)」が「降臨」するとき、式神の働きとして
動物が特殊な能力を発揮すると描かれている。
能力は動物にあるのではなく、「降臨」した「神」の側にある。
▼私はこれだけでも「目から鱗」であった。
なるほど、そういうワケで、
キツネを初めとして、馬や牛や犬や鶏や
いろいろな動物が「超能力」をもつようになる(神使)のか、と納得した。
そして、文章は続く。
江戸時代に入ると、晴明がすぐれた能力をもっていたのは、
晴明の母がキツネだったからだという話が民衆のなかに定着する。
この伝説によれば、晴明の母は信太(しのだ)の森のキツネ、
葛の葉(くずのは)である。
(葛の葉である)母が詠んだ歌として、
「恋しくば 尋ね来てみよ 和泉なる 信太の森の 恨み葛の葉」
という有名な歌までが生まれた。
ちなみに伝承上の晴明の
出身地としては、大阪の和泉と関東の茨城
とがある。
▼大阪と茨城、遠く隔たった地に「母なるキツネ」が存在したと言うからには、
それはきっと、その地に何らかの「いわれ」があるのだろう、と
私にも、「いわれ」が起きた「歴史的事実」に関心が湧いてきた。
しかし、いまは、それはそれとして措いておく。
この経過をみると、式神が降りるときその式神の働きとして
「超能力」を発揮した動物が、鎌倉以降の民間伝承を経て、
江戸時代に入ると、母がキツネゆえに、つまのキツネの血が
交ざっているいるゆえに、晴明は「超能力」者だったという
話にかわっている。
後者(江戸時代)では、キツネに人間以上の能力があるという
ことが認められている。
▼私は、またもや、「ふぅ〜ん」と納得する。
江戸期に入って、はじめて、「キツネは人間より賢くなったのか」と
驚き、かつ感じ入った。
この「日記」を読んでくださっている方のなかには、
「そんなの、説話や伝承の歴史であって、文学ならいざしらず
歴史学に何の関係があるの？」とおっしゃる方もおられよう。
しかし、もうしばらく付き合ってほしい。
江戸時代に、晴明・葛の葉の話が出版され、演劇化されていったのは、
主として江戸・大坂などの都市であったが、その都市の人々はたえず
村々から「補給」されていた。
たとえば、江戸をみれば、それは拡大をつづける都市、人口が増加
し続ける都市であった。
この都市の「民衆」のあいだで、この物語は定着していった。
▼要点は、地方の村々から流入してくる人々と、そうやって都市に住み暮らし
ている江戸期の「民衆」のなかで、「キツネの物語」は定着していった、という
「歴史的事実」である。
では、実際に安倍清明が生きていた時代ではどうだったのだろうか。
それは平安中期の朝廷の世界であり、貴族たちの世界である。
それは、支配者たちの世界、国家の側の世界と言ってもよい。
国家を正当化する理論としては儒教があり、それとの結びつきで
解釈された道教、仏教が展開する世界である。
いうまでもなく、仏教が国家護持の理論、貴族たちの個人救済の
理論から離れ、民衆仏教を生み出すのは、平安末期から鎌倉にかけての
ことであった。
▼私の好きな『
梁塵秘抄』に収録された今様や、次のような法文歌・四句神歌が
流行ったのは、平安末期・後白河院(1127年〜1192年)の時代であった。
仏は常にいませども 現(うつつ)ならぬぞあはれなる
人の音せぬ暁(あかつき)に ほのかに夢に見えたまふ
仏も昔は人なりき われらも終(つひ)には仏なり
三身仏性(さんしんぶっしょう)具せる身と
知らざりけるこそあはれなれ
鵜飼(うかひ)はいとほしや 万劫(まんごふ)年経(ふ)る亀殺し
また鵜の首を結(ゆ)ひ 現世はかくてもありぬべし
後生(ごしょう)わが身をいかんせむ
▼そして、内山さんは次のように言うのである。
この支配者の世界では、『 天 − 王 − 臣 − 民 』の関係を
天命にかなった合理としてとらえようとする理論がかたちづくられ、
ゆえに王権は天の意に従うがゆえに正当化された。
(中略)
ところが、いつの時代でも、多数派はこのような人々ではない。
村々で土を耕し、都市や村で生業にいそしむ人々である。
この人々にとっては、『 天 − 国家 』の理論に組み込まれた
陰陽道(おんみょうどう)は自分たちの世界のものではない。
もし、陰陽道を用いるのなら、自分たち生きる世界と調和するものに
組み立てなおさなければならない。
(中略)
(自分たちのものに組み立て直す)この動きは、その後、民衆仏教や
修験道、古神道などと結び、あるいはそれらと不可分の関係になりながら
民衆の「霊的世界」と結ばれていく。
この過程のなかで、実在とは異なる「晴明伝説」が生まれ、
母・葛の葉が登場してくるのである。
それは、民衆にとっては「神」が降りることなく、キツネが
「霊能力者」であり、「超能力者」として認められていたことを
暗示する。
▼「説話・伝承」の発生である。
「説話・伝承」はそれ自身は「史実」ではない。
しかし、架空の「話」としての「説話・伝承」の発生は「史実」である。
「話」が生まれるには、そこに「歴史的事実」が存在するのである。
国家を守るために天体の動きを観察し、式神や祭文(さいもん)を
もって陰陽道の道を生きた実在の「安倍晴明」と、葛の葉の子・
「安倍晴明」という伝説上の晴明と、その相違である。
それは、精神世界の古層の違い、あるいは霊的世界の違いを
私たちに見せてくれる。
両者がもっている「歴史世界」、(あるいは「霊的歴史世界」と言っても
いいのだが)、(両者は異なった世界)、異なった「霊的歴史」のなかに
生きている「二様の人々」と言うこともできる。
▼「論」という語は、日本語ではかなり小難しく聞こえるが、もとの
中国では、「何々について」というくらいの意味であると、むかし聞いた
ことがある。
いま「日本人」について論じるとき、また「日本人論」を述べるとき、
もっとくだけて言えば、「日本人」と言うとき、「日本人」を考えるとき、
わたしたちは、みな同じ「日本人」だと考えがちである。
だが、そこには「あやうさ」があると内山さんは言うのである。
そういった相違をこえた「日本人論」が登場してくるのは、江戸期の
儒学、さらにそれとの結びつきをもった国学であろうが、その歴史観を
「普遍化」したなかに、明治以降の「近代日本」が展開する(「日本人論」)
がある。
それは、「政治的所産」であったと言ってもよく、私たちはまず、
その「とらわれた精神」から自由にならなければならない。
そして、そのような目で、村々に暮らした民衆の精神的、霊的世界と、
そこに展開した人間とのかかわりを(見ていかねばならない)。
▼私流に、内山さんの「文章」に手を加えたが、おそらく論旨にあやまりは
なかろう。
データの改竄はやっていないはずだ。
私は内山さんの「文章」をこのように読み、このように理解した事で
内山さんの「指摘」を評価する。
これでひとまず、「第一番目」の「指摘」を終わる。
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