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2014年01月21日01:22

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『余生』


集配を一件残していたので、夜の七時をまわった頃に店を出ると、終業後のお迎えを待つ向かいの店の奥さんの後ろ姿に出くわした。私は道を渡りながら挨拶をした。振り向いて見せた笑顔は、夜の街が発するやわらかな光に照らされて少し輝いて見えた。随分前にご主人を亡くし、その後、御長男一家とお住まいだそうだ。

私は歩きながら、先ほどかけた電話での母の表情を思い浮かべていた。

私の父が二ヶ月前に亡くなり、一人残された母を寂しがらせまいと、私は父の足跡を消していく作業に母を付き合わさせている。私が家を去るときには必ず駐車場まで見送りに出てくれ、私が手を振れば、母はカエルのように両手を振りながらおどけて見せてくれる。

父の大病が見つかってから、二年前までは意識もしなかった「余生」という言葉が目の前に現れるようになった。両親が二人の時間を出来るだけ幸せに過ごせるようにと慮りもした。
想像を絶する喪失感が母を襲った日、私や妻、姉弟、親類の皆で母の悲しみを分けあった。

母の私への電話の声は、まるで恋人に話すような優しい表情になっているようにも思える。しかし、ふと浮かんだ憂いに、父の大きな愛の前には敵わないなと、やはりおどける父のヒョットコ顔を思い出しながら、私は顧客の店の扉を開けた。




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