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2012年12月03日20:39

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■いま時分のころ (2)

●2012年12月03日(月)  晴れ

 ▼「おやっ?」と気づいたのは、先週の火曜日だった。
  朝の電車がいつもより空いているのだ。
  出入り口のドアのあたりには、6,7人立っているだけで、
  「混雑」という混み具合ではない。

  「いま時分の頃だったのかなー?」と思い返してみる・・。
  外部講師の授業に休講が出始め、それにあわせて
  学生たちが冬のバイトに出かけるのは・・。

 ▼夏休みや冬休みの休暇に入るちょっと前から、学生たちは
  1ヶ月くらいの「短期雇用」のバイト口を探して、生活費やクラブ活動の
  費用にあてていた。

  仲間のうち、体力に自信のある者は、冷蔵倉庫の荷役作業など割りのいい
  仕事先を確保して、早々に出かけて行った。

  私は、昼間に授業にも出られる「夜間作業」の仕事を選んで、バイトをした。

 ▼阪神住吉駅を南側に出て御影の方へ少し西にもどり、そこから南に
  まっすぐ歩いていくと、白鶴や剣菱などの酒蔵があり、国道43号線を横切ると
  浜を埋め立てできた第二工区に出る。

  真っ暗な運河に架かった橋を渡ったすぐ左に、工場があった。
  そこで夜7時から朝7時まで、夜通し「リプトン」のティーバッグの
  袋詰め作業をした。

 ▼デュッセルドルフで製造されたというマシーンは、紅茶の茶葉を自動で漉紙に詰め、
  それを黄色と赤の「リプトン紅茶」の外装で包み込んで、1秒間に1個くらいの早さで、
  横幅10センチほど、長さ約1メートルの、機械から嘴のように突き出たベルト
  コンベアーに吐き出していた。

  コンベアーは、私の腹の上あたりの高さの位置にあり、腰高の椅子に座って、
  流れてくるインスタント紅茶を5個つかんでは、ポリエチレンの小袋に詰める作業
  だった。

 ▼熟練者は、左手で流れてくる紅茶5個をすくい取ってその角をそろえ、
  右手では、ポリ袋をつまみ、指をわずかにひねって袋に隙間を作り、
  そのポリ袋の隙間に紅茶の角をあてがい、押し込みつつ、右の親指と
  人差し指の腹をつかってぎゅっと押さえると、5個の紅茶はスポッと
  ポリ袋の奥まで入り、いとも簡単な作業のようにこなしている。

  5個入りの紅茶はそのあと、袋をヒートシールし、シールした袋を何個か
  化粧箱に詰め合わせて、クリスマス・正月用の特売商品として売り出していた。

 ▼コンベアーの先端と作業位置の下には、ここの会社が扱っている「コーヒー豆」の
  大きな空の木樽が置いてあり、ティーバッグを掴み損ねたらその木樽に落ちるように
  してあった。

  私はティーバッグをボロボロとこぼし、コンベアーの速度にも追いつけず、5個の
  袋詰めが出来上がるより、樽に溜まる紅茶の方が多かった。

  コンベアーの端からは取り残しの紅茶の袋が、また手元からは落ちた袋が
  置かれた樽をすぐに満杯にした。
  満杯になると、あわてて別の空き樽を持ってきて受けるのだが、その間にも
  紅茶の袋はコンベアーから床に流れ落ちた。

  ▼5個掴むのは、数えるではない。手の感覚とリズムである。

   そのうちに慣れてくると、左手はかってに5個つかんでいる。ドミノ倒しのように
   折り重なって流れてくる紙袋の紅茶を、先頭の袋を起こすように掬いとり
   見ると、5個つかんでいた。

   ポリ袋に押し込むのも、要領が必要だった。
   まず、口が開かない。ちょっとひねりを入れるコツがわからない。
   また、5個の紅茶の角を上手に揃え、それをわずかに開いたポリ袋の
   口にあてがい一気に押し込むツボがつかめない。

   しかし、これも慣れである。ついには習得する。

   目をつぶっていても、掴み取るときは「シュッ」、ぎゅっと指で袋に押し込むときは
   「パッ」と、その「シュッ・パー、シュッ、パー」のリズムで
   5個の紅茶が、左手から右手のポリ袋に収まっているようになる。

 ▼ただ、これだけの作業を1時間の休憩をはさんで、夜通しやった。
  学生のほかでは、八百屋のオヤジさんや他の仕事をもっている人が何人か、
  本業を終えてから、働きにきていた。

  休憩には、「インスタント・ラーメン」が1個支給された。
  これも取扱商品であったから、銘柄は色とりどりあった。
  このとき私は、はじめて熱湯で湯通ししてソースをふりかける「焼きそば」を
  食べた。

 ▼単純作業も極まれり、という作業だった。
  デュッセルドルフの機械の一部品となって、わたしは腕と手を動かした。
  私には意思はないかのようになった。

  ときたま、映画館のフィルム交換のように、丸い巨大な濾紙や外装のロール紙を
  最後まで使い終わった時と、紅茶の茶葉が残り少なくなった時に、マシーンは
  一時とまった。

  外袋の「リプトン」と印刷のあるロール紙は、「エンベロプ」と英語で呼んでいた。
  これを担いで来る作業と、中二階になった部屋から機械の上部に開いたホッパーに
  茶葉を補給する作業が、唯一「袋詰め作業」以外の仕事だった。

 ▼何時間もの連続・単純作業で、頭はもう何も考えなかった。
  手も腕も、もう自分のものでなかった。
  自動マシーンになっていて、眠気でうとうとしても、
  腕と手だけは確実に動き、袋詰めをしていた。

  そんな工場で、マシーン音と作業音だけの単調さをすこしでも和らげるため
  ラジオの深夜放送が流されていた。

  ラジオからは、そのころ毎日にように奇妙な音楽が流れた。
  「オラは死んじまっただー、オラは死んじまっただー。
   天国よいとこ、一度はおいで、酒はうまいし、ネエちゃんは綺麗だ・・」

  いままで聞いたこともない歌だった。それはテープを早回しした声で歌っていた。

  そして、朝5時ごろになり、外はもう暫くしないと夜明けにならないころ、
  「さあ、みなさん。ルーテル・アワーの時間です」とラジオから、牧師の説教が
  流れた。

  何回も何回も、その歌と説教を繰り返し聞かされていると、
  空っぽになった頭は、もう、神を信じてもいいような感じになった。
  
  そして歌は、「おらは信じまっただー、おらは信じまっただー」のようにも
  聞こえた。
  

 ▼流れてくる深夜放送を聞きながら、腕と手は勝手に動き、
  私は、頼むから早く朝日が昇ってくれ、と祈るような気持だった。

  いま時分になると、私はときどき、そのころの気持が甦ってきて、
  あの「空っぽになった頭」のことを思い出す。

 




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