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2011年04月15日21:27

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■「かまうな、ほうっておけ」

■4月15日(金)  晴れ

 ▼私の祖母は「かまうな、ほうっておけ」と言った。

  私が小学生のころ、
  上級生に何か理不尽なことで
  からかわれ、いじめられることがあった。

  私は喧嘩して、腕力でまかされ
  泣いて家に帰った。

  悔しさに、肩をふるわせて泣く私に祖母が言ったのは
  「かまうな、ほうっておけ」
  であった。


 ▼なぜ、60年近く前の、祖母の言葉を思い出したのか。
  それは、きのう、次のようなニュースを見たからだ。


  ◇「放射能うつる」といじめ=福島から避難の小学生に−千葉

   福島第1原発事故を受け、福島県から千葉県船橋市に避難した
   小学生の兄弟が「放射線がうつる」といじめられたという訴えが
   市教育委員会にあったことが15日、分かった。

   市教委は同日までに、避難者の不安な気持ちを考え言動に注意し、
   思いやりを持って被災者の児童生徒に接するよう指導を求める通達を
   市立小中学校に出した。

   市教委によると、福島県南相馬市から避難し、3月中旬に船橋市の
   公園で遊んでいた小学生の兄弟が、地元の子どもに「どこから来たの」と
   話しかけられた。
   兄弟が「福島」と答えると地元の子どもは「放射線がうつる」と言い、
   数人が一斉に逃げ出したという。

   兄弟の親は今月予定していた同市の小学校への転入学を諦め、家族で
   福島市へ避難した。
   
    時事通信(2011/04/15-10:34)


 ▼もし、私がその小学生であり、家に帰ってそのことを祖母に話したとしたら、
  祖母は福島市へ避難するのではなく、私に向かって
  「かまうな、ほうっておけ」
  と、きっと言うだろうと思ったからだ。


  このニュースについては、たわいない子供の言動であり、
  「放射能は移らない」という科学的知識と、「いじめ」という行動への注意喚起、
  そして「思いやりをもって接する」などの観点から、コメントが付されて
  いるようである。



 ▼その通りだと思う。
  また一方で、しかし、私はちょっと違うとも思う。

  差別される人や、人から見離れた人は、
  差別した人や、見放した人とは違った感受性を育てる。

  そのような感受性は、差別や人から見放されて生きていく上では
  どうしても必要だからだ。
  そして、そんな感情・情操は他人が教え、与えてくれるものでもない。
  自ら培い養い、生きていく糧になるような感情・情操としなければならない。


 ▼「がんばれニッポン、がんばれ東北」
  「つながろうニッポン、つながろう東北」

  なんの異存もない。

  しかし、これらの声を聞くたびに、
  「弱者」と呼ばれたときに抱く感情と同じように、
  これからの長い長いたたかいにおいて、被災地の人には、
  祖母が私に「かまうな、ほうっておけ」と言ったように、
  自分の力で、はいあがり、決して負けないでいてほしいと思う。
  そのために強くなってほしいと思う。

  そのようなたたかいのために、私は頑張り、つながろうと思う。


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