mixiユーザー(id:1040600)

2011年03月23日23:37

86 view

■こぶし、くすのき、ゆずりは

●3月23日(水)  晴れ

 ▼湊川公園駅の改札を出て、
  地下道を右に曲がり、
  南側の階段を登って地上に出ると、
  そこに、こぶしの木がある。

  「辛夷」という漢字の読み方を知ってからも
  私は、どれが「こぶし」か知らなかった。

  駅から職場へむかう道路には、いくつかの種類の
  街路樹が植えられていて、早春、白い花をつける
  この木が、こぶしであることを知った。

  今週、月曜日。
  こぶしが花を開いた。
  日一日と、開いた花の数も、
  花をつけた木の数も、ふえてきた。


 ▼小学校のころ、学校のグランドに
  くすのきが植えられていた。

  家から学校にかよう途中の
  県庁の前にも、くすのきの並木があって、
  道の左右から枝を伸ばした大木は
  跨線橋のように見えた。


 ▼私は六十歳を過ぎてから、
  いまの職場へ新しく働きはじめた。

  毎朝、水筒の入った布袋を手にぶらさげて
  この道を通う。
  一年生になったような気分が、いまもする。

  街路樹のこぶしと、くすのき。

  見上げて、それらの木の下を通る。


 ▼落ち葉は秋だけでなく、
  春先にもある。

  くすのきの若葉が出るころには、
  去年の葉が落ちる。

  夏のキラキラ光る葉の輝きを
  予兆するような芳香を漂わせながら
  くすのきの葉は散り落ちて行く。


 ▼歩きながら、私は好きな「詩」のことを思う。
  中学にあがって、国語の教科書に載っていた
  「詩」だ。


       ゆずり葉

      子供たちよ。
      これは譲り葉の木です。
      この譲り葉は
      新しい葉が出来ると
      入り代わってふるい葉が落ちてしまふのです。
      こんなに厚い葉
      こんなに大きな葉でも
      新しい葉が出来ると無造作に落ちる
      新しい葉にいのちを譲って――。

      子供たちよ
      お前たちは何をほしがらないでも
      凡(すべ)てのものがお前たちに譲られるのです。
      太陽の廻るかぎり
      譲られるものは絶えません。

      輝ける大都会も
      そっくりお前たちが譲り受けるのです。
      読みきれないほどの書物も
      みんなお前たちの手に受取るのです。
      幸福なる子供たちよ
      お前たちの手はまだ小さいけれど――。

      世のお父さん、お母さんたちは
      何一つ持ってゆかない。
      みんなお前たちに譲ってゆくために
      いのちあるもの、よいもの、美しいものを、
      一生懸命に造っています。

      今、お前たちは気が附かないけれど
      ひとりでにいのちは延びる。
      鳥のやうにうたひ、花のやうに笑っている間に
      気が附いてきます。

      そしたら子供たちよ。
      もう一度譲り葉の木の下に立って
      譲り葉を見る時が来るでせう。


 ▼昭和七年に発表された、河井 酔茗のこの「詩」を
  いま、東北の子供たちが読んだら
  どんな思いがするだろう。

  白いこぶしの花を見上げ、
  ハラハラと散ってくる
  まだ緑のくすのきの落ち葉の道を歩きながら
  そんなことを考えた。


5 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する