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2009年11月16日23:48

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熊坂出 映画『パーク アンド ラブホテル』

昨年リストアップしておきながら叶わなかった熊坂出の映画『パーク アンド ラブホテル』を、昨日レンタルDVDでようやく観る事ができた。

もともと2005年のぴあフィルムフェスティパルで、彼の短編『珈琲とミルク』がクリエイティブ賞,企画賞,審査員特別賞の3賞を獲り、スカラシップ作品を制作する権利を得、そして、2007年に完成させた初めての長編がこの作品である。
同年のベルリン国際映画祭で、この映画は、最優秀新人作品賞を獲得する迄に到った。

DVDにはその『珈琲とミルク』も収められていて、大変得をした。
『珈琲とミルク』は、”音”という極めて感覚的なテーマを非常にすっきりとまとめ上げていて、その透明感はちょっと他に類を見ない程だ。凄い完成度だと思う。

短編と長編は世界が全く違うので、この2つを比較するのは無理があるが、まさに詩と散文の如き次元の違いを感じさせられた。
長編は悩み深く、気負いもあって、すっきりした透明感という訳にはいかないが、よおく考え抜かれた映画には仕上がっている。

少し行間が広過ぎる感はある。それを繋げて理解するには、観客も熟練と集中が要求される。
偶々私はレンタルDVDでこの作品に出会った為、繰り返して観る事が可能だったが、映画館ではそういう訳にいかない。2度通して観て得られた理解が、果たして映画館で得られたかと自問すると、甚だ覚束ない。笑えない冗談だが、1度目は二日酔いの状態で観たので、その所為もあるかもしれない(へへ・・)。

まず、タイトルから惹き付けるのは、ラブホテルの屋上に、近隣の人々に解放された、場違いな公園があるという設定だ。
でも、今更よくよく冷静に考えれば、その何故の答えに行き着かせる回り道がこの映画であるに決まっている。常套的な手法ではある。
この2つ並べられたもののギャップや距離感が遠ければ遠い程、人は惹き付けられてしまうという訳だ。

吹き溜まりに集まるように、ラブホテルの屋上公園に何とはなしに引き寄せられてくる3人の女。
中学生の癖に頭を白髪に染めた家出少女。
測ったような時間にウォーキングでホテルの前を通る、中年にさしかかった女。
ホテルに、男をとっかえひっかえ”休憩”にくる常連の若い女。娼婦には見えない。手にはいつも小さなジュラルミンの鞄を持つ。

いかにもさえない古びたラブホテルのオーナー艶子(りりィ)の前に、3人の女が現れ、それぞれのいわくが水の表面を剥ぐように見えてくる。1人々々現代的でシリアスな背景がある。手筈は常套的だが、秘められた物語には、ワザとらしくないリアリティがある。

1話2話3話と完結させる寓話的な展開とはせず、時間的に微妙な重なりが3人の物語の間にはある。この重なりが重要な伏線となっているのだが、熊坂のセンスなのだろう、伏線は敢えて密やかに、まるで気付かれないのが一番、とでもいう程に。そして、それぞれの寓話にあからさまな答えは与えない。

3人同士は全く直接的な関係を持たない。関係はただ艶子の上だけで起こる。それから、いつも公園でたむろする小学校6年生(映画で歳は示されないが、6年生と私は勝手に解釈した)、彼等は、いわば、観客の興味の代弁者でもある。

艶子は当面狂言回しの役処だが、次第に映画は彼女自身の芯に近付いていく。
どうして、ホテルの屋上に公園ができたのか。
何故このホテルは休憩のみで泊まりがないのか。
彼女は何故1人なのか。夫がいたらしい事が、本人と3人との会話の中で触れられもするが。

しかし、それらの答えを解き明かす事に、熊坂の興味はあるとは思えない。
サスペンス的な趣味からは遠過ぎる程遠い。

この映画についての公の評でこんな事を言っている人は1人もいない。全く私個人の感慨だから、冗談と笑い飛ばして頂ければよい。

りりィの姿の映し出し方、熊坂はダ・ヴィンチの『モナ・リザ』を表象として意識していたのではなかろうか。
この仮説は、映画の途中で私の頭の中に浮かび、強迫観念のように、居座ってしまった。
陰翳に乏しく、角も輪郭もはっきりしない面立ち、そして殆ど目立たぬ眉、中程で分けて愛想もなく垂らした髪、時として着る黒っぽい衣服、感情を明確に現わさずはっきりしない表情、等々。

他の役は紆余曲折があったようだが、艶子については、熊坂は、最初からりりィを考えていたようだ。物語が先か、りりィが先か、それは判らぬが。

屋上公園の夕闇に染まり込むようなりりィの姿、会話等によって生まれた反応をフィルムカットに余韻のように引き摺るりりィの表情。

これ以上引き倒しを例示しないが、人生の幾多の事件や波に対し、立ち止り、逡巡し、そして結局は内に呑み込もうとする艶子のありよう、そんな姿を熊坂は掬い出したかったのではないか。
そこには答えの是非はない。
人と人は通り過ぎ、意識せずともささやかな影響を与え、いつか死に別れない夫婦もいないように、また人は1人になる。
そんな人の姿を、熊坂は、りりィを通して、実によく表していたように思うのだ。


監督・脚本 熊坂出
撮影 袴田竜太郎
照明 舘野秀樹
出演 りりィ,梶原ひかり,ちはる,神農幸,他
 
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