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2023年12月21日17:40

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平安時代小説『金剛石と牛黄』

『金剛石と牛黄(ごおう)』  游月 昭

「その牛、生きておるうちは光を放っておった。我は見たのだ。ゆえに、牛黄を孕んでおるやもしれぬ。牛黄有らば、検非違使どもへは渡さず、我に届けよ。さすればおぬしや女に旨き物を食わせてとらすぞ。」
 明け方の鴨川の河原に、平安京、東の市きっての目利き商人、山川の主人が現れて、牛を解体する下人に歩み寄り、興奮した様子で密かにそう言い残して去って行った。下人は他人事のようにその後ろ姿を見ながら訝し気に頭を掻いていたが、彼はまだ、牛の体内より牛黄を見つけた事が無かったのである。
「牛が光るなどおかしな方ぞな。されど旨き物とな。」
 下人はほくそ笑み、牛の死体の方へと振り返って解体を始めた。衣は身につけず体を血に染めながら、一緒に暮らしている女と商人の屋敷で過ごす時を想像して浮かれていた。
 検非違使に言いつけられた手順通り、真っ先に胆嚢を切り離すと、今までに無い異変に気づいた。慌てて胆嚢を指でまさぐると、拳ほどの固い石のような物が出て来た。
「おお!」つい大声を出してしまった。
「なんぞ!サルよ、牛黄か?」
 近くで解体をしていたクマが振り向いて近づこうとしていたので咄嗟に、
「ええい、蜂め、腕を刺そうとしおった。」などと蜂を追い払うような仕草をして誤魔化し、近くの岩の陰に牛黄を隠した。
 その後、牛黄の事で仕事に身が入らず、サルは気分転換に川へ飛び込み全身の血を洗い流していた。その時、近くを小さな箱が流れている事に気づいた。近づいて掴み取り、開けてみると、そこには、丁度昇って来た朝日を受け、自ら光を放っているかのように輝いている透明の石の指輪が収まっていた。何か文字が書かれていたがサルには読めない。辺りを見まわしながら水から上がると、同じように岩の陰に小箱を隠した。
「おぬし!今、隠した物をこれへ。」
 上品でありながら、強引な力のこもったその声は、サルを震え上がらせ、中腰のまま動きを止めさせた。声の主は姿を見ずとも検非違使である事が分かった。
「聞こえぬか、早う持って参れ!」
 検非違使は刀を抜き近づいて来る。サルは血相を変え、二つのうちの一方をぎこちなく取り、震える声で答えた。
「た、只今、乾かしておりやした。」
 そして躓きながら検非違使に近づき、両手を添えて差し出した。
「なんと、これは見事な牛黄なり!」
 検非違使は満足そうにしばらく眺めた後、懐から出した紙に包んで土手を上がって行った。サルはその場で膝を落とし、しばらく呆然としていた。
 陽が沈む頃、サルは対岸の土手に掘った横穴のねぐらに戻った。
「それ、綺麗な玉を見つけたぞ。」
 女は初めての高価な贈り物に戸惑いながら心躍らせて箱を開けた。
「やや、あまたの星が!」
 満面の笑みが見ているのは、ねぐらの壁面に散らばり動く星屑。丁度沈んで行く夕陽が石にかかり、色とりどりの光に分散して壁に届いていた。
「ああ、夕焼けも美しいぞ!」
 振り返った西の空は幾重にもたなびく雲が燃え盛っていて、二人の顔を同じ色に染め上げていた。
 そして夜、二人はいつか何処かで拾っていた酒を開け、いつもより早く眠った。
「うおお、何ぞ!」目が覚めると、サルの体は水浸しになっていた。山地に降った豪雨で川の水嵩が増し、土手の横穴に流れ込んだのだ。狭い横穴を這い回り大声で女を呼ぶが返事は無い。泥水の中でただ一つ小箱を見つけたに過ぎない。外へ出て激流にのまれたか、結局女は戻らなかった。
 川の水も引いた二日後の朝、空っぽになった穴倉にサルはあれから何も食わずに寝そべっていた。
「やい、サルよ、牛黄を渡さぬか!」
 横穴の入り口に商人が現れ、杖で地面を叩きながら怒鳴った。
「検非違使にくれてやった。もう無い。これでも持って行け。」
 力無い声で答えると、サルは泥色の小箱を放り投げた。商人は親指と人差し指だけで箱を拾い、しかめ面で開けると、目を見開いてすぐさま箱を閉じた。
「何処で拾うたかは知らぬが、この石に関わるなかれ。この世の物ではない。あるいは、海の向こうより時を超えて往来する死の石なり。我は身の穢れを祓いにゆく。さらば。」
 サルは起き上がって小箱を拾い上げると、「もう遅い」と吐き捨てて、川をめがけ出来るだけ遠くへと放り投げた。
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