賀茂真淵記念館講座「遠江の地誌と家康」
講師 坪井俊三
日時 6/28(火),7/4(火)13:30〜15:30
会場 浜松市地域情報センター
◆江戸時代の遠江について書かれた地誌
・『曳馬拾遺(ひくましゅうい)』(曳駒と書く場合もあり)
執筆 杉浦國頭(くにあきら)
成立 1712(生徳3)年
・『遠江國風土記伝』
執筆 内山真龍
成立 1799(寛政11)年
・『遠江古跡図会(絵)』
執筆 藤長庚
成立 1803(享和3)年
・『遠淡海地志』
執筆 山中豊平
成立 1834(天保5)年
・『掛川誌稿』
執筆 (掛川藩領)
成立 1839(天保10)年
その他。
◆『曳馬拾遺』
中で『曳馬拾遺』は、浜松生れの人物が書いており、浜松関係の記述が多い。江戸中期に書かれており、これら地誌の中で最も古いという点で価値がある。
作者 杉浦國頭(1678-1740)は医者渡辺家に生れ、6歳で諏訪神社の神主杉浦家の養子となった。諏訪神社は朱印300石(30町分)と極めて大。10石を超える神社は多くない。
26歳で国学者荷田春満に師事。自身の門人に賀茂真淵がいる。63歳没。
國頭が『曳馬拾遺』を書いた素朴な理由。
「世のふみどもを見るたび」に分からない事が多く、都度「古き家々にたずね、年たかき人々にとひて」書き留めたとある。(適宜濁点等ふった。)
世の中に多々ある文書を見ると、何が書いてあるか分からない事が多い。そういう時には、年寄らに問い、補って、浜松地方の史実・伝説等を丹念に収録、それらを『曳馬拾遺』としてまとめた。
知的好奇心の旺盛な人だったらしい。
同書からいくつか語や記述をピックアップする。
浜松関連；
・「馬籠川」
昔天龍川は川上の鹿島から二筋に分かれて流れていた。
その西側の流れを「小天龍」と言い、しばしば氾濫を起こして被害甚大であった。小天龍は更に分岐して馬籠川と安間川へつながっていた。
江戸中期の整流により、小天龍は水量が減って細い川になった。今の「馬込川」である。
安間川は、上流が小天竜から分離され、下流で天竜川本流に流れ込む形になった。
家康関連；
・「廣澤山普済寺」
1568(永禄11)年12/7、家康は三河から遠江に侵攻、その夜、この寺に宿泊、翌日引馬城に入った。
広沢町という町名が現存する。
・「古城」
『浜松御在城記』の、「此(この)古城ハ、久野越中守屋敷ヲ、永正ノ頃、三善(飯尾か？)為連ト申(もうす)仁(人)、城ニ取立候」との記述を引用、更に、三河臥蝶城(または寺津城)主大河内貞綱や大河内兵庫の築城説も載せている。
・「龍山公残亭」
先の関白 近衛晴嗣(前久/さきひさ1536-1613)は、元亀の頃(1570〜72)上野国草津に湯治に行き、その帰り敷智(ふち)郡龍禅寺村の真言宗龍禅寺境内 金光院の北亭に、1年余も滞在したとある。
実は前久、1582(天正10)年6/2の「本能寺の変」に何らかの関係があったと言われ、豊臣秀吉に疎まれ、明智光秀の死んだ翌6/14に出家、龍山と号して京都から逃亡、のち浜松に至りて家康を頼った。
同年11/12、龍山は甲州在陣中の榊原康政(小平太/徳川四天王･十六神将の1人)に書状を送り、家康への斡旋を依頼している。公家の名家であった龍山からは、家康も教養面等で得るところがあっただろう。
家康は1583(天正11)年7/4、龍山を饗応、その席には今川氏真も呼ばれた。
家康の斡旋により秀吉の誤解は解け、龍山は京都に戻った。
「竜禅寺町」は、浜松駅の南に現存する。
・「松下やしき」
旧天竜川の東 頭陀寺(ずだじ)村に永禄･元亀の頃、松下加兵衛之綱という武士がいた。引馬城の飯尾氏の寄子で今川氏一門だった。
1568(永禄11)年、家康が普済寺に入ると彼はその家臣となった。掛川城の攻防では菅沼帯刀を討ち取った。
木下藤吉郎(のちの秀吉)は1540(天文9)年、尾張国からやってきて、松下之綱に仕えた。
藤吉郎は、塚越村の名主の田で魚を獲ろうとして苗を踏み荒らし、名主に追い払われたという伝説がある。
秀吉の生年は1537(天文6)年なので、1540年に松下氏に仕えたというのはあり得ない。
「頭陀寺町」も現存。竜禅寺町の東側に当たる。
築山殿関連；
この谷(御前谷)は三山の北にあり、ここで築山殿は暗殺された。
駿河国今川義元の家臣 関口刑部少輔氏縁(うじより)(*1)の姫君(のちの築山殿)は、徳川家康の正室となり、次郎三郎信康と、のち奥平伸昌の正室となった亀姫の2人を生んだ。
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「いかなる御事にや、ものねたみし給ふ御心さしのいて来にけるか」
「のちのちにはおそろしき聞へもひろまり」
「信長よりたびたび仰せ」等々
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具体的には書かれていないが、築山殿の良からぬ性格や行いの噂が信長の耳に入り、信長は築山殿・信康母子の処分を家康に命じた。
家康も信長には抵抗できず、両名を討つ事にした、と。
1579(天正7)年8/4、信康は三河国岡崎城から同国大浜に移され、同月9日遠江国堀江城に移動し、更に同国二俣城に移った。
同9/15、家康の命を受けた渡辺半蔵・天方山城守は信康を討とうとしたが、渡辺半蔵はそれができなかったので、天方山城守が介錯した。
信康21歳。亡骸は二俣清瀧寺に葬った。
築山殿は先んずる8/29、(姫街道)本坂越で二俣(浜松？) (*2)へ遣わす事を命じられ、富塚原に向かい入野の水海(佐鳴湖)を上り、この谷で岡本平左衛門・石川太郎右衛門・野中三五郎などに殺害された。
築山殿と家康は1577(天正5)年頃から不仲だったのでこのようになった、と。
しかし、築山殿について、これら”性悪女”説の証拠となる史料はなく、盲信する訳にはいかない。
・「西来院」
これについては内山真龍の『遠江國風土記伝』がまとまっているのでそれから引用すると、
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(西来院は)富塚に在り、曹洞宗普済寺の末、寺田30石、末寺5宇あり。
天正7年8/29築山御前、御前谷に生害し、西来院に葬る。
明暦中(1655-57)西来院焼失の時、墓所破損す。時に(住職)玄風師は墓所にて回向す。
或人(？)来り、場所を弔いし去る。後40日、大久保加賀守忠朝(*3)の使者来り。築山殿のために斎を設け法會を厚くす。而して後、玄風法師武蔵に之き、墓所の破損を公に訴ふ。将軍右大将家綱公(四代将軍)御寄附田2町あり。
1678(延宝6)年8月、(築山殿)100年の周忌法會あり。則ち「青地院涼月秋天大姉」と追号す。(*4)
松平源三郎康俊君(*5)の墓碑を併建す。源三郎母は伝通院(於大方)。
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(*3)大久保加賀守忠朝(ただとも/1632-1712)は築山殿の玄孫(やしゃご)、つまり孫の孫。
徳川十六神将の1人大久保忠世は信康事件時に二俣城主だった。忠朝は忠世(1532-94)の子孫で、築山殿との縁は浅からぬものがある。
(*4)没後西来院に弔った時の築山殿の法名は「西来院殿政岩秀貞大姉」。100年法要の際「青地院涼月秋天大姉」を追号。
現在西来院月窟廟の墓石に彫られている法名「清池院殿譚月秋天大禅定法尼」は後者に近い。微妙な違いの訳は分からない。
(*5)松平源三郎康俊は家康の異父弟。
母於大方(1528-1602)は水野忠政の子。1541(天文10)年、松平広忠に嫁し翌年竹千代(のちの家康)を産む。
於大の兄水野信元が今川氏と絶縁し織田氏の下に入ったため、今川方の松平広忠に離縁され、1547(天文16年)久松俊勝と再婚。その次男が源三郎康俊(1552-86)。
家康は桶狭間の戦い(1560)後、今川から自立し織田氏と同盟関係を結んだため、久松家に松平姓を与え、於大を母として迎えた。
源三郎康俊は家康にとって異父弟となる。
康俊は1563(永禄6)年、12歳の時、人質として今川氏真の駿河に送られる。
武田信玄が1568(永禄11)年に駿河に侵攻すると、康俊は再び人質として甲府に行く事となった。
1570(元亀元)年11月、家康の策謀によって康俊 甲斐国を脱出、三河国に帰った。しかし、雪の山岳を踏破したため、両足の指を凍傷で失う事となった。
家康は1583(天正11)年、康俊を久能城主としたが、3年後、病死。
『曳馬拾遺』「西来院」の項には、泰俊の墓を、1678(延宝6)年 築山殿100年の法要時に築山殿の墓の隣に建てたとあるが、康俊と築山殿の間に何らかの関係があったのかどうかは分からない。
高柳光寿の『戦国の人々』(1962春秋社)にこんな伝説が書かれている。
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大久保忠朝が肥前国唐津藩主だった時、ある晩、怪しい女が来て忠朝の顔をつくづくと見て立ち去った。翌日の晩もそうであった。
この女は下に赤い絹、中には黄色の縞の衣、上には白絹をうちかけにしていた。
この事を忠朝が老臣に話すと、老臣が言うに、築山殿が失われた時の着物を自分の祖父が話したのを聞いているが、今聞く服装がそれである。
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つまり、忠朝が築山殿の100年の法要を営んだ理由を、ここに求めているのだが、言う迄もなく史的信憑性はない。
(続く)
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