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2023年06月29日23:13

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映画『怪物』 / 是枝裕和

6/28(水)、TOHOシネマズ浜松で是枝裕和の『怪物』を観る。
フォト


湖をぐるりと取り囲むように拡がった町。(ロケ地は諏訪市だが、レポートの中では固有名詞を使わずにおく。)
そこでは自然と都会がアンバランスに接している。
数年前迄は市電が街と自然をつないでいたが、今は廃線となり、郊外には、レールや客車が草叢に放置されている場所もある。

その町のマンションの高層階に住む麦野早織(安藤サクラ)と湊(みなと/黒川想矢)は、ある夜、遠からぬ雑居ビルの火事を見る。
夫を事故で亡くしたシングルマザーと小学5年生の一人息子。
早織は、湊を立派に育てる事に特別な使命感を持っている。
最近、湊のスニーカーが片方なくなっていたり、水筒から泥水が出てきたりという事があって、いじめにあっているのではないかとの危惧を早織は胸に抱いていた。

ある晩、帰りの遅い湊を心配した早織は探しまわり、廃線跡のトンネルで「かいぶつ、だーれだ」という湊ののんびりした声を聞き、安心して彼を連れ車に乗せて帰る。
湊の耳にはバンソウコが貼られていて、血が滲むのも見える。
運転しながら早織は、死んだ夫との約束を持ち出し、湊を大事に育てる事が自分にとって如何に大事か話す。
すると、助手席の湊は、走行中にも関わらず、ドアを開けて飛び降りた。
驚愕した早織は、車を急停止させ、湊を抱き、近くの大学病院に運んだ。
幸い外傷は軽く、念のため脳のCT検査も受けたが、異常は見つからなかった。
彼は不安そうな表情で、「湊の脳はブタの脳と入れ替えられた、だから湊はもう人間じゃない」、そう担任の保利先生に言われたと泣きながら話した。

翌日、早織は、湖を臨む丘の上の小学校に出向き、伏見校長(田中裕子)と会って事実を確かめようとする。
しかし、校長室における伏見の態度は如何にも形式的で、途中で教頭と交代し帰ってしまう。
早織は学校に対して不信感を持った。

その次の日、早織は学校から呼び出される。
校長室には伏見校長、教頭、学年主任、担任の保利(永山瑛太)が並んでいた。
説明を受けられると思っていた早織は、4人が一斉に起立、保の記憶した文書を読み上げるような言葉に怒りを感じた。
 保利「誤解を生む事になって残念だ」。
 伏見「教員の手が麦野君と接触した」。
これは謝罪ではない、学校の責任回避だ。知りたい事実は全く分からない。
早織は怒りを4人に対してぶつけた。

後日、早織は、保利本人と直接会話するしかないと感じ、学校に行く。
すると保利はこう主張した、「湊くんは同じクラスの星川依里(より/柊木陽太)くんのイジメをしています。ナイフ等の凶器を隠し持っていませんか?」。
早織は全く予想外の発言に驚き、怒りは限度を超えた。

帰って湊の荷物を調べると、ナップサックから着火ライターが出てきた。
早織は不安に駆られ、星川依里の家を訪ねた。
親は不在だったが、彼は早織を家に上げた。彼の腕には火傷の跡があった。
しかし、依里は「湊くんにいじめられた事なんてない」、そして、「保利先生が湊を叩いていた」と明言した。

更に数日後、学校が同学年の保護者達を呼び集めた。
集会室では、保利が暴力を認めて謝罪。
学校はこれでケリをつけようとしている、そう見えた。
映画の観客には、学校の教師達が何と嫌な奴らだろうと見える。今の学校というのはそんな所なのか、と。

地方紙はこの事件を大々的に取り上げた。
保利が恋人と一緒にいるところへも新聞社はやってきて、勝手に写真を撮った。


映画は唐突に例の火事の日時迄戻される。
先の進展は全て麦野早織の視点で映画はできていたが、ここからは担任教師 保利の視点となる。
同じ出来事が映し出されるが、実態はまるで違って見えてくる。
保利という人物の印象も次第に変化してくる。
どちらが本当なのか?

そして、最後の章では、子供達(湊と依里)の視点に切り替わる。

 「怪物」は誰か?
 「怪物」とは何か?

こうした視点(または語り手)の変化の手法は、黒澤明が『羅生門』(1950)で試したものだ。
盗賊 多襄丸、侍 金沢、その妻 真砂、目撃者 杣売りの男、彼等の発言はそれぞれ自分の都合で塗り固められていて、観客には何が真実か分からないようになる。人間とはこんなものなのか。

これは我々の社会で往々にしてある事だ。
人間は自分の見た範囲でしか物事を認知しない。そして、それこそが唯一の真実だと思い込む。他人の見た事、他人の言う事は信用しない。
子供達も、必ずしも無垢でない、その場の大勢の雰囲気に流された態度をとり、仲間外れを恐れ自己保身のためにはその場限りの嘘もつく。
ここからいじめが発生する。
誰も皆、内に「怪物」を飼っている。

自分の子供時代を思いだすに、何で私はあの子にあんな事をしたのだろう?、何であの子は私にあんな事をしたのだろう?、今になってそんな風に思える事が多々ある。
正直に言えば良かったのに、何故あんな事が恥ずかしかったのだろう?
子供達は、今しも馬の背を歩き、それ迄に経験した事のない変化に、日々滑りそうにして立ちあっている。
それを知られたら、皆からどんな目に遭わされるか分からない。
多くの変化を経験した今でこそ、それは誰にもある事だと思えるが、初心者の子供らにそれはなかなか理解できない。

だから、彼等にとってほんの些細な事柄が、いじめになってしまう。
いじめをした子には、それがあまりに些細でいじめだという認識がない。
しかし、いじめをされた子は、自分が特殊な人間で、恥ずかしい人間だと思いこんでしまう。

湊と依里はそんな場に遭遇している。
不可解な自分をどう扱っていいか分からない。

台風がやってきた晩、2人はいなくなる。
早織と保利は、彼らを探しまわる。

誰もいない廃線の客車は、孤独な2人の楽園である。
湊と依里は手書きで作ったカードゲームをナップサックから取りだす。
カードには、いろんな動物や、食べ物や、草花、恐竜や宇宙人もいる。
まず目の前に裏返されているカードからそれぞれ1枚を引いて自分の額に当てる。自分にはそこに何が描かれているか分からないが、相手には見えている。
片方は、もう片方の額に押しあてられたカードに描かれているものの性格を口で説明する。例えば、形、色、温度、味、匂い、等々の言葉で。
ゲーム開始の合言葉は、「かいぶつ、だーれだ」。

台風は次第に接近し、風雨が荒れ狂う。
早織は廃線跡の近くのトンネルで息子を見つけた事を思いだした。
廃線の周囲では土砂崩れも起こっている。
恐怖を感ずる早織と保利。

自然の猛威の中、湊と依里は、2人力を合わせて逃げだそうとする。
危険にも関わらず、引っぱったり、抱き合ったり、彼らは何故か楽しげに見える。
坂本龍一の音楽(このシーンでは《Aqua》)が荒れ狂う嵐の中を静かに流れてくる。
その音楽はまるで救いのように聞こえる。


是枝は生前の坂本龍一にこの映画の音楽を依頼した。
そのタイミングがいつだったのか、具体的には分からないが、是枝の送った手紙と編集した映像に、坂本はこう返事を送ったそうだ。
映画全体のスコアを引き受ける体力はないが、思い浮かんだ曲があるとして、書き下ろしの2曲(ピアノソロによる《Monster 1 》《Monster 2 》)を是枝に送り、また、最後の彼のアルバム《12》他から自由に使用する事を可とした。
是枝はMonster 1,2を含め全7曲を選びだし、この映画の音楽を構成した。
坂本は、この映画が完成する直前、今年3/28に亡くなった。
是枝裕和と坂本龍一のコラボレーションは最初で最後となった。

この経緯は、6/12,13のFM東京「坂本美雨のディア・フレンズ」にゲストとして呼ばれた是枝が話していた。
言う迄もない、坂本美雨(1980- )は坂本と矢野顕子との間に生れた娘である。
《Aqua》は1998年リリースの自身のアルバム《BTTB》に収めた曲だが、元々は美雨のために作られたものだ。

映画の最後の最後、エンドクレジットのあとに、是枝の坂本龍一への感謝と哀悼の言葉が表示される。


監督 是枝裕和
脚本 坂元裕二(*1)
撮影 近藤龍人
美術 三ツ松けいこ
セットデザイン 徐賢先
衣装デザイン 黒澤和子(*2)
照明 尾下栄治
音楽 坂本龍一

出演 安藤サクラ,永山瑛太,黒川想矢,柊木陽太,高畑充希,角田晃広,中村獅童,田中優子 他

受賞 カンヌ国際映画祭脚本賞

2023年 日本

(*1)是枝が自身以外の脚本を使ったのは、デビュー作『幻の光』以来である。
(*2)黒澤明の長女。
 
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