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2023年06月23日13:00

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映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』

6/21(水)、シネマイーラ浜松で『聖地には蜘蛛が巣を張る』を観る。
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イラン出身でストックホルムに留学して建築学を修め、デンマーク国立映画学校で演出を学んだアリ・アッバシ(1981- )。彼が脚本を書き監督をした2022年デンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランス合作作品。
2018年のカンヌ国際映画祭で「ある視点」部門グランプリをとった前作『ボーダー 二つの世界』(2018)もスウェーデン・デンマーク合作作品だった。
それには、彼の経歴だけに留まらない理由がある。

物語は2000年代始めのマシュハドが舞台。
マシュハドは人口350万人、イラン第2の都市で、「シーア派イランの心臓部」とも呼ばれる聖地イマーム・レザー廟がある。土地柄、人々は非常に保守的な性格を有する。
ここで2000〜2001年にかけて娼婦16人の連続殺人事件が起きた。
手段は全員絞殺、死体は衣類や絨毯等にくるまれて郊外に遺棄された。そして、事後警察には必ず犯行声明の電話がかってきた。
犯人の言い分はこうだ、聖地浄化のため、正しく生きている子女を守るため、腐敗した女共を排除した、私は敬虔なイスラムの信者で、アッラーの命に従ったのだ、と。
全く同じ手口であるにも関わらず、警察が犯人(サイード・ハナイ)を逮捕する迄には随分時間がかかった。それは、一部の市民が彼の声明に共感し、英雄視して、デモ等の活動を起こしたからだった。
これによって、事件は単なる個人的異常性愛の猟奇殺人で終わらなくなった。警察や宗教内部にも、彼の言い分に共鳴する者が多々いた。

アッバシはこの事件の社会的特殊性に興味を持ち、映画にしたいと考えた、この背景にはイスラム教やイラン社会を取り巻く女性差別の問題がある、と。

本作はマシュハドで撮らねばならないとアッバシは考え、当局に申請を出した、が、通らなかった。
やむを得ず、イラン風景に近いヨルダンを代替え案としたが、新型コロナ流行のため叶わず、イランと国境を接したトルコを次の候補に挙げた。しかし、トルコも許可を下ろさなかった。イラン当局が介入したためだ。
そうこうするうちに新型コロナの状況が変化し、ヨルダンでの撮影が可能となり撮影はスタートした。
当然イランは製作国に加わらず、ヨーロッパ各国が資金を出す事となったのである。
カンヌ国際映画祭で本作は女優賞を受賞したが、イランは「政治的な意図」だと非難し、また、作品そのものを「イスラム教徒、シーア派の人々の信仰への侮辱」と抗議した。

さて、カンヌで女優賞を取ったと書いておや?と思った方もいるに違いない。ここ迄書いた映画の概略の中に、重要な女性登場人物は存在しない。
アッバスは、サイードにインタビューを行った女性ジャーナリスト(恐らくテヘランからやってきた)をモデルにし、キャラクターを膨らめ、連続娼婦殺害事件を追うラヒミという行動的で進歩的な人物像を創作した。
映画は、ラヒミの視点と、サイードの視点を絡めて進行する事となり、構造的でダイナミックなものになった。

ラヒミは警察や宗教者に取材をするが、彼等は如何にも捜査に消極的だった。
彼女は現地新聞社の記者の協力を得、ある夜、恐ろしさに震えながら、囮として街に立つ事を決心した。
そこへ遂にオートバイに乗ったサイードがやってくる。

サイ―ドは普段は家庭で普通の夫であり、父である。
イラン・イラク戦争に志願し青春を捧げたが、国も生活も良くならならず、夢を失ってしまった。
そうした生活の中で、彼の視野に、街を汚す女共が入るようになる。自分の息子や娘を正しく育てるためには、ああした連中と触れさせてはならない。
正しく生きる者と悪しき者、清き者と腐敗した者、彼の目にはその二者択一しかない。何故彼女らが娼婦にならざるを得なかったのか、それを考える心のゆとりはない。
サイードは、これこそ自分に与えられた使命と考え、一人、浄化を始める。
娼婦らの首を締める時、性的興奮を凌駕するものがあった、オレは街に暮らす正しくか弱き子女を保護している、オレの手は善悪を仕分ける神の手になるのだ、と。

生死をかけたラヒミとサイードの闘い、その経緯は省くが、ともかくサイードは警察に捕縛される事となる。
しかし、これで映画は終わらない。まだ道程は半分である。

サイードが自分に課した使命について全く知らなかった妻と子供達は驚愕する。いつも優しい彼が連続殺人犯だったとは!それは何かの間違いではないか?

警察と裁判所の周囲では、サイードの行為を英雄視する保守的なイスラム教信者達が無罪を訴えてデモを行う、彼はアッラーの教えに従って為すべき事をしただけだ、と。
そんな声が耳に入るサイードは、次第に態度が変わり、裁判での発言が横柄になっていく。
検察や司法関係者らは事件の落としどころに苦慮する。娼婦であろうと16人を殺した事は間違いない、が、対処によっては暴動が起こりかねない。

裁判官は死刑判決を出すが、密かにサイードに言う、逃げられるようにしておくから安心しろ。
裁判所を信用しないラヒミとその協力者は、刑の執行に立ち会う事を要求する。
彼等がガラス越しに見る中、刑は執行手順に則り進行していく。
最初は裁判官の発言を信用し高を括っていたサイードだが、次第に不安になる。
間際になって抵抗し暴れるサイードだが、とうとう縄が首に巻きつけられ、足下の台が外される。
バタバタする脚も次第に動かなくなる。

後日、取材に応じたサイードの息子、そのビデオが流れる。
映像の中で息子は、刑執行の前に父から汚い女共の排除方法を聴いたと誇らしげに言い、そのやり方を逐一妹を使って具体的に示す。最後は妹の身体に絨毯を巻きつけてみせ、さも得意そうだ。
父の行いはアッラーの教えだったのだと、息子は固く信じている。
何年かのち、成長した彼を想像するとそら恐ろしい。
こうして宗教や思想や文化は綿々と継承されていく。


監督・脚本 アリ・アッバシ
脚本(共同) アフシン・カムラン・バーラミ
撮影 ナディム・カールセン
編集 ハイエデェ・サフィヤリ他
音楽 マルティン・ディルコフ

出演 ザーラ・アミール・エブラヒミ,メフディ・バジェスタニ,アーラシュ・アシュティアニ,フォルザん・ジャムシードネジャド 他

受賞 カンヌ国際映画祭女優賞,デンマークアカデミー賞11部門受賞 他多数

2022年/デンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランス合作
 
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