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2020年06月10日18:38

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短編小説『インフェクション』

『インフェクション』


 マスクやボディースーツを着用していない者がこの街のコンビニに出没するという。
 過去、脳炎を引き起こす感染症が蔓延り多くの死者が出たため、体全体をカバーする防護服が流通し、更にそれにファッション的要素が取り入れられたボディースーツが世界的に流行した。その後、幾つもの国で移動時の防護スーツ着用が義務化され、違反者は法の裁きをうけることになっている。しかし、我が国では従順な国民性の為か現在では逮捕者は殆ど無くなっていた。
「どっちの方面に行きました?」
 コンビニのパーキングに、二台のパトカーがサイレンを鳴らさずに乗り入れ、二人の警官が店内に入って来た。
「底がすり切れたようなサンダルをペタペタ鳴らしながら、この裏の方に帰って行くので、このブロックの近辺の人間じゃないかと思いますよ。これ、どんな服装か描きました。」
 警官二人は簡単なイラストを受け取りコンビニを出ると、他の数人の警官と共に急いで裏の方に回った。しかし見つける事が出来なかったため、そのままコンビニのブロック近辺の聞き取り調査が始まった。
「ああ、有名ですよこの人、と言っても、名前も、住んでる所も、みんな知らないんですけどね。でも恐ろしいので関わらないようにしてました。あの人に注意した人が次々に行方不明になったっていうので。」
「あたし、見たんですよ、そこのボックスから出てくるの。ゾッとしちゃった。だってあれ奥行き無いから中に入るの無理だし。ホントですって!でもその後サンダルおやじ何事も無かったようにコンビニの方に歩いて行ったんです。」
 近辺の住人で知らない人はいないほどだったが、どこに居るのかを知る者は一人もいなかった。

 結局、人物を特定することは出来ず、二人の私服警官が男を待ち伏せすることになった。
「確かに、近辺に行方不明者がいるって言うのは事実だが、それがこの件と関わりがあるかは不明だ。それともう一つ、ありえない所から湧いて出る話も信憑性に乏しい。だろ?中村。」
「じゃあ、」
「見当違いと見間違いだろう。」
「でしょうね。」
 覆面パトカーで二人の警官は外を見回しながら話していた。運転席に座っている中村が伸びをしながらふとルームミラーの方を見た。
「ふゃーあ!誰だお前っ!」
 中村は後ろを振り向きながら慌てて銃を取ろうとして足元に落としてしまった。
「どうした?中村。」
 と振り返ったもう一人の警官も慌てながら銃を引き抜いた。しかしその瞬間に後部座席から腕が伸び、銃が奪われる。
「動くな!手を上げろ。」
 銃を拾おうとしていた警官ともう一人も手を上げた。
「分かった、落ち着け、話をきこう。」
 後部座席の男はボディースーツもフェイスシールドも着用していない。サンダルおやじだ。
「落ち着くのはあんたらの方だろ。銃を落とし、銃を奪われ、俺が凶悪犯だったらどうするんだ。ほら、ホルスターに戻せ。中村。山下の銃は後で返してやるから安心しろ。」
 おやじは運転席の警官に銃口を向けながら銃を拾わせ、中村は銃をホルスターに仕舞った。
「まあ、あんたらもチビりそうだろうから、帰るが、もう来ない方が良いぞ無駄だから。じゃあな。」
 おやじは右後部のドアを開けて外に出ると、銃を助手席の山下の方に投げ入れてドアを閉めた。その後中村が直ぐに外に出て銃を構えた。しかし彼の姿は無い。車の後ろに回るがやはり居ない。通行人が中村の行動を見て立ち止まっているので彼は訊いた。
「警察です。男を見ましたか?」
「へ?男?いや?何ですか?何かあったんですか?」
 通行人が答えている間も中村は反対側や下部を調べたがおやじを見つける事は出来なかった。
「あ、いえ、気をつけて帰って下さい。」
「あの、今コンビニに来たんですけど。」
 警官は呆気にとられて突っ立っていたが、通行人をもう一度見て我に返った。
「ああ、すみません、どうぞ。」
 警官はコンビニの方に手を差した後、助手席側の車外に立っている山下に気付いて言った。
「消えた。」
 すると山下が訝しげに言った。
「何をやってるんだ?」
「消えたんだよ、しょうがないじゃないか、お前だって、」
 そう言いかけたが相手は途中で遮った。
「銃を取り出して何をやってるんだ、と言ってるんだ。直ぐに仕舞え。大丈夫だから、な?上には報告しないから。」
 中村は相手を直視したまま銃を納めたフリをしてホックの音を立てた。
「報告しないって何だよ。お前、知らん顔はないだろ。お前が銃を奪われたから俺が何も出来なかったんだろうが!上司だからって威張ってんじゃねえぞ!」
「分かった、落ち着け、話をきこう。」
 中村の目つきが変わった。
「さっきとおんなじじゃねえか、俺を犯罪者扱いか?あ?」
「すまん、悪かった。とりあえず署に戻って整理しよう。お前の言う通りに書くから。」
 山下は助手席に乗り込み、中村も銃を持ったまま運転席に乗ってドアを閉めた。そして中村は俯き声を震わせながら言った。
「山下先輩、ずるいじゃないですか。無かった事にするんですか。男は病原菌を撒き散らしながら歩き回ってるんですよ。」
「悪かった。とにかく署に帰って係長の指示を仰ごう。」
 山下が銃の方に目をやると、中村の股のあたりが濡れたように変色していた。
「運転、代わろうか?調子悪いんじゃないか?」
「は?」
 中村は顔を上げると目を丸くした後、銃口を助手席に向け引き金を引いた。助手席のガラスが割れ、血飛沫が飛んだ。と同時に山下が中村に覆いかぶさる。そしてもう一発銃声が響いた。二人は動かない。
 数秒後、山下が起き上がった。中村は顎から血を流していて動かなかった。
 山下は無線に手を伸ばした。
「本部、208号車、山下巡査部長。報告します。同行の中村巡査が銃を撃ち暴れたので取り押さえている途中に銃が暴発、中村巡査は頭に銃弾を受けている模様、救急車願います。」
《了解、場所を報告してください……》
 山下が助手席を開けようとすると、ドアが何かに引っ掛かった。
「ん?……」
 山下は車外をよく見るともう一度無線を手にした。
「車外に人が倒れています。流れ弾に当たった模様。サンダル履きでボディースーツ未着用の男性。もう一台救急車願います。」


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