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2019年12月17日11:00

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『荒れ野』(作･演出桑原裕子) / 穂の国とよはし芸術劇場PLAT

12/15(日)、穂の国とよはし芸術劇場PLATの公演、桑原裕子作･演出『荒れ野』を観た。
抜群に面白かった。ただ面白可笑しいのでなく、笑いながら人生に隠されたものに気づかされる、人間と人間の関係に潜む奥深さにはっとさせられる。
いつもはそんなものには目もくれずに生きている私達だが、知らない間に、想像もつかないところへ人は歩んでいて、すぐ隣にいた筈の人が実は随分遠くに見えて驚かされる事もある。

2017年12月に豊橋、北九州、東京で初演が行われ、大変に高く評価されて第5回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞を受賞。併せて、戯曲が第70回読売文学賞「戯曲･シナリオ賞」を取る事となった。

今回の再演は、初演と全く同じメンバーによって演ぜられた。

作･演出　桑原裕子
美術　田中敏恵
照明　相良浩司

出演
　窪居哲央　平田満
　その妻藍子　増子倭文江
　娘有季　多田香織
　哲央の幼馴染路子　井上加奈子
　路子の住む団地の上階の老人石川広満　小林勝也
　同じくケン一　中尾諭介

公演　12/13,14,15
(東京都ザ･スズナリ公演　12/18～23)

ある地方都市のショッピングセンターで火災が発生する。近接した一戸建てに住む窪居哲央と妻藍子、娘の有季は、激しい火と延焼を恐れ、昔住んでいた団地の幼馴染路子の部屋へ避難してくる。
ところが、思ってもみない事だったが、独身である筈の路子の部屋には、上の階に住む老人広満と青年ケン一がしげく出入り、というより殆ど同居していた。
哲央等は彼女と彼等がどんな関係で、何故ここにいるのか、見当もつかない。

舞台上のセットは、路子の団地の一部屋で、布団や炬燵その他が散らばっている。

本公演は、穂の国とよはし芸術劇場PLATの800席弱の主ホールでなく、アートスペースという270席に満たない場所で演ぜられた。
私は前から3列目のほぼ真ん中という席で、もうすぐそばに炬燵やら洗濯物がとっちらかっているという風情で、哲央等が路子の部屋で広満やケン一と出会った時の驚きも肌に伝わってくるようだ。

冒頭の火事は、消防車のサイレン等の音で表している。
哲央がその部屋のベランダから客席の奥の方を眺めやる、その方向に火事はあって、自分の家が燃えているのかどうか、心配でたまらない。
しかし、その恐れも他所に、いろんな人物が狭い場に入り込んできて、さあ食事にしよう、今日は鍋だ、一杯どうですか、と、あたふたする間に物語はどんどん進行していってしまう。
台所やトイレも部屋の下手、隠れた所にある事になっていて、水が流される音や、料理する音、様々下世話な会話が聞こえてくる。
そうしたセットの外の拡がりを、巧妙に作り出している。

最初は訳の分からないままに、会話に引き摺られているが、そのうち、少しずつ彼等彼女等の想ってもみない奇妙な関係や、それぞれ内に抱えた問題が見えてきて、引きつけられていく。

中程で分かるが、ここに避難しようと言いだしたのは妻藍子だった。
何故ここを妻が提案したのか、考えて見れば不思議である。
元この団地の一主婦であった藍子は、キャリアウーマンで華々しく生きていた路子に憧れを抱いていたようだ。
また、路子が夫の若い時分の片恋の相手であった事もそれとなく知っていた。
保険の営業マンの哲央は、のち、介護の果てに父をなくした路子に、いろいろと相談に乗ってやった事があった。
娘の有季は、それを影から見て、2人が不倫の関係だったと、衒いもせず爆弾発言をする。
哲央は、狼狽え、顔を赤くし、大声を上げたりもするが、暫時同居する事になった奇妙な男女のあっちへ行ったりこっちへ行ったりする話に揺り動かされ、真実はよく分からないまま。
こういうだらしない極く平均的な日本人男性の役柄をやらせたら、平田満の右に出る者はいない。

つい飲めない酒に酔った藍子は、日頃胸の奥に隠していた夫への疑問や不信を、遠回しにつつきだす。
哲央は狭いベランダに逃げ出し、まだ燃え続ける火事の遠景に、心を痛める。

広満とケン一のホモセクシュアルな関係、そのケン一にバイト先で出会い関係を持つに至った高校時代の有季、父を亡くした路子の内心に潜むもの、路子だけに見える父の亡霊、等々、書き出せば、6人の素性と関係だけでもキリがない。
そんなドタバタと修羅場の中で、人と人の関係の機微や、人生それぞれの「荒れ野」の様が垣間見えてくる。

既に故人となった歌手いしだあゆみのヒット歌謡曲『あなたならどうする』を、登場人物達が時折り口ずさむ。
「泣くの歩くの死んじゃうの」、
あなたならどうするの？と、その問いは笑い転げて観ている観客の胸にも突き刺さる。

　

〈参考資料〉
隔月刊「悲劇喜劇」2018年5月号
特集第5回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞
執筆　今村忠純,桑原裕子他
発行　2018年5月、早川書房
　

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