12/20(木)、静岡文化芸術大学の授業[保存と修復]の聴講第12回目。年内最後。
今回のテーマは、奈良東大寺正倉院の続き。
講師 杉山知太郎
正倉院が保存する宝物の中で最も価値の高い物を何点か紹介。
・《平螺鈿背八角鏡(へいらでんはいはっかくきょう)》
『国家珍宝帳』によると、756(天平勝宝8)年に20面の鏡が東大寺に献上され、正倉院北倉に納められた。そのうちの1つ。
他に南倉に38面あり、全部で合計56面ある。
平螺鈿背鏡は八角形や円形がある。
その背面には、螺鈿や琥珀が樹脂の中にはめ込まれている。
螺鈿は屋久島から南の海に生息する夜光貝が原料。
琥珀は東南アジア(特にミャンマー)の奥地で取れる赤色のもの。
他に、中東産出のトルコ石、アフガニスタンでしか取れなかった青金石(ラピスラズリ)も埋め込まれている。
金属は白銅、その成分分析によると、中国前漢時代〜盛唐期のものに合致。
文様の獅子や一角犀はインド由来。
総合して考えると、鏡の制作地は唐以外には考えられない。
・《鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)》
『国家珍宝帳』によると、100畳596扇の屏風が東大寺大仏殿に献納された。が、紛失したものが多く、正倉院に現存するのは40扇。全て北倉にある。
中で《鳥毛立女屏風》は1畳6扇が全て残っている。
唐での流行を反映して鳥の羽毛が人物の絵に貼り付けられていたが、殆どとれてしまっている。美女像の胸元に僅かに残る毛を調査すると、日本固有の山鳥と日本産の雉のものだと判った。
屏風の下貼りには日本の行政文書の反故紙を使用。
従って異国情緒に溢れた物･女性(*)が描かれているが、国産品である。
(*)
背景の樹木は南方風。
女性は額に4点の文様、唇の両端にえくぼのような点を描き込んでいる。当代に流行った「花鈿」という化粧。
・《赤漆文欟木御厨子(せきしつぶんかんぼくのおんずし)》
同帳によると、天武天皇→持統→文武→元正→聖武→孝謙と伝えられた厨子。天武の皇統によっているらしい。
孝謙が東大寺大仏に献上した。現在は北倉にある。
正倉院宝物の中で由来の確認できる最古の物の1つ。
「欟」とは欅の古名。
欅の木目を文様に活かし、赤漆(蘇芳)で着色した半透明の漆を塗っている。
内部は2枚の棚板で3つの部分に分けられ、聖武の『雑集』、光明の『楽毅論』他、天皇の身の回りの品が納められていたようだ。
(明治初めには、バラバラに分解された状態だったが、宮内省御物整理掛によって復元された。)
・《螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんのごげんびわ)》
正倉院随一の宝物と言われる。北倉。
五弦琵琶はインド起源、シルクロードを通って中国に入り、唐代に完成したとの事。
が、この1面以外、世界の何処にも存在しない。敦煌の壁画や、古墳墓から出土した傭が抱えている姿が見られるのみ。
四弦琵琶は別物。正倉院にも四弦琵琶が5面ある。
琵琶はペルシャ起源が主流だが、五弦と四弦では形が違う。五弦琵琶は糸巻き部分(「海老尾」)がビワ型の胴体から真っ直ぐ伸びているが、四弦琵琶は、糸巻き部分が直角に曲がっている。
《螺鈿紫檀五弦琵琶》は本体(紫檀材)の撥受けに瑇瑁(亀の1種タイマイ)の薄く切ったはいだ甲羅が貼られているが、そこには南方系の樹下で駱駝に乗った胡人(ペルシャ人)が琵琶を奏でている。その琵琶も何故か四弦ものである。
他、表裏に、琥珀(または水晶)と螺鈿によって美しい花模様(「大宝相華文」)が全面に施されている。
・《木画紫檀棊局(もくがしたんのききょく)》
聖武天皇ゆかりの碁盤。北倉。
紫檀の盤に象牙で界線を引いている。
側面には、象牙製の西域文様の花鳥,駱駝,人物が貼られている。
界線と星目が現代のものと違うため、遊び方も違ったのではないか。
これとセットと思われる「棊子(きし)」(碁石)も伝わる。鳥文様が施された象牙製の赤と紺、文様のない黒と白が伝わっているが、数は揃っていない。
碁盤には引き出しのからくりがある。手前のを開けると、対面の引き出しも開く。
囲碁は8世紀初に留学先の唐で僧 弁正が若かりし玄宗皇帝と遊んで厚遇された、と漢詩集『懐風藻』(8世紀半ば)に書かれている。
平安時代の『源氏物語』や『枕草子』にも囲碁に興ずる人々が描かれている。
・外国産の薬60種
756(天平勝宝8)年、聖武天皇の四十九日法要時に、光明皇后が『種々薬帳』(『東大寺献物帳』のうち)に60種の薬物の説明を書き入れ、薬の現物も併せて東大寺大仏に献納した。
麝香皮(じゃこうひ)、冶葛(やかつ)、五色龍歯(ごしきりゅうし)、等々。北倉保管。
麝香はヒマラヤや東アジアの高山地帯に生息する鹿の仲間。香料として使用。
冶葛はフジウツギ科の植物の根。劇薬として知られる。
五色龍歯はナウマン象の下顎の歯の化石。精神安定や鎮痛剤として。
西域からシルクロードを経て中国、そして唐から新羅経由で日本へ伝えられたもの、インドネシアやベトナム等東南アジアから入ったものがある。全て外国産。
どのようにして集められたのかは不明。
光明皇后は、これら薬物を使用したい人がいた場合は、僧綱に届けて使うようにと書いている。その後、そのようにして使用されていった。
・伎楽面171面
東大寺大仏開眼会では伎楽が舞われた。その時に使用されたものが多い。
伎楽は612(推古天皇20)年に百済人 味摩之(みまし)が伝えたと言われる。
文化的には、ペルシャ･インド、中国の南方等が混在する仮面劇。1チーム14種23面を使用する。プラス音楽隊。
正倉院の伎楽面は、乾漆と木彫が36面と135面現存する。南倉保管。
奈良時代以前(法隆寺伝来)は樟に対し、正倉院の木彫は殆ど桐材である。
面裏に大仏開眼会の年月日(天平勝宝4年4/9)を書き入れたもの、その他がある。作者名、地方の国名を入れたものもある。つまり日本製。
《呉女》は中国 呉の国の女性。唯一の女性面。端正な顔立ち。
《酔胡従》は酔っ払ったペルシャの従卒、鼻が赤く尖っている。
《迦楼羅》害虫を退治すると言うインドの伝説の魔物。鳥の嘴を持つ。
・《漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん)》,《銀壺(ぎんこ)》
前者は香を焚く炉盤の台座。仏具。
蓮弁に漆塗り後、種々鮮やかな顔料で文様を描いている。
後者は仏事の供養具。銀製の壺2点、共に30kg以上。
鋳造後、形を整え、鏨で文様を線彫りしている。
「バルティアン･ショット」、ペルシャに滅ぼされたパルティアの騎射(馬に乗り弓矢で狩猟する)姿を描く。
共に南倉。
◇数の数え方の確認
「面」=伎楽面,琵琶,鏡
「基」=厨子
「畳、扇」=屏風。「畳」はセットとしてのカウント。「扇」は1面毎のカウント。
「六曲一双(そう)」=6つに折れた扇が2本、1ペア/1畳。
片方しかない時は「六曲一隻(せき)」と言う。
「双」を「雙」とも書くから、片方だけの場合は「隻」となる。
その他9,000もの宝物が1250年後の今も美しく残されている訳は5点に集約される。
それについては、前回のレポートを参照されたい。
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