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2019年02月21日07:41

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お婆ちゃんについて

 昨日、お婆ちゃんが亡くなってね、今日お通夜。妻と二人で行ってくるよ。お婆ちゃんは百歳を超えていて、百二十歳くらいまで生きるものだと思ってた。
「端っこまで笑顔」なお婆ちゃんで、最後に会った時は、専業農家の日焼けしたお顔がいつのまにか透き通るような白さになっていて、とても神がかった可愛さだった。
 五年前、父の大病が見つかって父の残された時間内に出来ることをさせてあげたくて、母と幸せな時間を過ごせるように手配したり、父の兄弟やお婆ちゃんに会わせるために長崎に連れて行ったりした。
 父とお婆ちゃんの最後の時間の別れ際、
「ほら、握手して」って、私が父に言うと、父は素直に自分のお母さんに手を差し出してゆっくり握手をしてた。
「今度来る時は(父と母の二人の)写真を持って来て」と言ってたけど、叶わなかった。
 亡くなった人の事を思い浮かべると、好きだった人はみんな清らかな笑顔になってる。私は誰かにとって笑顔のお爺さんになるかな。


『蝉』(旧題:オモチャのお札は今も)

大きな家の回廊を
小さないとこ達が走り回っている
あの子達はちょっと前の僕ら

ちょっと後の僕らは
二階で何をしているのか知らない

だいぶ後の僕らは居間で高校野球
毎年高校野球
夏はいつも同じリズムに蝉の声が被さる

慌ただしいおばちゃんの声が
「スイカば食べんねえ、ほらあ、
早よ来んばなくなるよお」
せかす

ひとつ
僕はいかにも美味しいふりをする
「たくさん食べんばぞお」
おいちゃんもせかす

いとこが二階から降りて来て
大皿を出して人数分持って上がった

おばあちゃんが僕をしっかり見て
「美味しかでしょ」
端っこまで笑顔

おじいちゃんのあぐらにおさまると
オモチャのお札をくれた
「今度来た時に本物と替えるけん」

もっともっと後の僕らの写真が
天井近くでこっちを見ている

蝉がジッ、と飛んで、
また、次の蝉がなきだした




(*詩は五年前に書いた物)

 
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