先ほどの雨に路地がぬかるむ
浪人の草履は濡れ
足の裏が泥にまみれているが
風呂屋に入るのも煩わしく
道行く者どもをしかめっ面で遠ざけている
日も暮れかかる頃
障子戸に浮き出たひさごの文字につられ
桟に手をかけようとした時
敷居の手前の羽目板が割れ
溝に足を突っ込んでしまった
「ええい、おやじをとっちめてやる!」
と勢いよく戸を開ければ
なんとも深閑な様子
湯気は上がれど、と
鴨居をくぐらば
「へやっ!」
と右手奥より飛びかかる者あり
「何と」
と前に躍り出でて返り見れば
再びだんびら地を這い来る
浪人はらりと宙を舞い
すかさず刀の柄に手をかける
と見れば一瞬で刀は円を描き
曲者どさりと倒れるより先に
鞘に収まる
居合
「おい、おやじ!表の板、腐ってるじゃねぇか、こんちくしょう」
殺陣のやりとりを忘れたかのように
「あつ燗で頼むぞ」
と
「へ、へい、お待ちを」
長椅子に腰掛け刀を立てかける
「おう、冷えて来やがったなあ」
この浪人、殺陣は茶飯事であった
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