●2013年08月14日 (水) 晴れ
▼子供たちが、まだ小学生だったころ、
その3人を連れて、私は淡路の慶野松原へ
海水浴に行った。
なぜだか、覚えていないが、そのとき
妻は一緒でなかったように思う。
母は1982年12月に亡くなったから、1970年生まれの長男が
小学生だとすれば、まだ淡路に墓はなかった。
夏休みで、宮崎に帰省せず、
替りに淡路に行ったのかもしれない。
焼けつくような日で、私も少し泳いだが、
ほとんど岸から、子供らが泳いだり、波打ちぎわで遊ぶのを
見守っていた。
妻がいない分、わたしは長時間、じっと子供たちを見ることになり、
ときどき、淡い水色の空と、白い雲と、遠い水平線の海を見ていた。
暑い日差しにもかかわらず、空は乳白色にぼんやり霞む感じで、
秋空を思わせた。
▼自分が小学生のころ、宮崎に引っ越してきて、
夏休みに淡路に帰省できなくて、友達がおじいさんと
おばあさんのところに行くのに、いっしょに付いて行った
ことがある。
市内からバスに乗り、青島から更に南に下った、海端の家で
道路から浜の方に歩いてすぐの所にあった。
友達と、友達の妹と、私の3人は海に向かった。
お盆近くの海は波が出てくるので、用心するように
注意されたと思う。
浅いところで泳いで、はしゃいだ。
家に帰ると、サボテンの実が出された。
鼻にクンと来るような、独特の甘みのある果実だった。
蚊帳をつって3人で寝たが、
夜は一晩中、砂浜に寄せる波の音が聞こえていた。
波の音を聞きながら、夏休みが終わり、もうすぐ秋が来るように
思った。
▼「松原遠く、消ゆるところ、白帆の影は、浮かぶ」という唱歌の
一番は、「見よ、昼の海。見よ、昼の海。」で終わり、
二番は、「見よ、夜の海。見よ、夜の海。」で終わる。
作詞・作曲は不詳とされるこの文部省唱歌『海』は、昼と夜の
海を対比させて、「日本の国土の美しさ」を子供たち教えるために、
大正二年(1913年)、『尋常小学唱歌 第五学年用』として発表され
という。
いつ、この歌を覚えたのか、もう覚えていない。
しかし、『海』は私に、お盆のころの過去の「海」を思い出させ、
その「海」の昼と夜の対比は、いつしか移り行く「季節」の変わり目も
私に感じさせるようになった。
文部省唱歌『海』 ※映像は「全画面表示」(枠マークの右端アイコン)で
▼追伸
無坂さんへ
四万十市で41度の「観測史上最高気温」を観測した日、神戸でも
35度を超える日が3日続きました。
その日、ベランダに洗濯物を取りに行って、熱風の風とは違う
もうひとつの風があり、横尾山から高取山へかけての稜線の空の
色に、「秋」を見つけました。
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