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2012年11月09日23:54

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映画『ぼくたちのムッシュ・ラザール』/P・ファラルドー

11/7(水)、シネマe-ra浜松で、『ぼくたちのムッシュ・ラザール』を観る。

物語の場は、カナダのケベックである。
多くの移民を受け入れ、結果的に、多くの人種が住んでいる州都。
公用語はフランス語だが、英語も小学校から教えている。

主人公は2組、と言えばいいか。
1組は、担任の先生に自殺されてしまった生徒達。殊に、自殺している現場(教室である)を見てしまったシモンとアリス。
もう1人は、母国アルジェリアで家族をテロで失い、遠い異国であるカナダにやってきた難民の男性、バシール・ラザール。

小学校には後任の教師が来ず、困惑する校長。なりてがないというのも、尤もではある。
そこに代用教員として応募してくるのが、ラザールである。(後から、彼に教職資格がなく経験もない事が判る。)

この2組が共に胸の内に秘めているのは、謂わば”信頼の死”である。
ラザールの難民査問の場が何度か挟まれる。査問官のまるで刑事犯を扱うような態度。ケベックのような移民に寛容な土地でも、難民認定は厳しい。
ラザールは、母国だけでなく、ここでも”信頼の死”に立ち会って苦悩する。

担任教師の自殺の原因は判らない。
学校が採った手立ては、カウンセラーの設置は言う迄もないが、主は、生徒達の眼を塞ぐ事である。違う方向を向かせる事、遠ざける事。
例えば、象徴的な事だが、事件の教室の壁のペンキを塗り直した。

シモンとアリスの脳裏に残っている強烈な印象は、しかし、ペンキを塗り替えたところで消え去りはしない。
教師の死に、ひょっとして自分が関わっているのではないかという思い、それは、学校の採った手立てによって、行き場を失い、心の奥底でじわじわと発酵し続ける。
都合の良い解決等やってこないにしても、問題に向き合い、会話し、現実を受け入れる事が必要だったのではなかろうか(小学生にそれは無理だと学校側は判断したのかもしれないが)。
現実を受け入れる事がなければ、自分の内に巣食った危機も、乗り越える事はできない。

日本でも多発するいじめと自殺の問題が、だぶって見える。学校や教育委員会の事なかれ主義、体面や対外的な評価ばかりを気にしているように見えるありさま。

現代の学校現場のルールでは、教師は生徒に手を出す事は勿論、触れてもいけない。
これは、原則的に日本もカナダも同じだろうか。
しかし、教師と生徒である前に、大人と子供である前に、人と人ではないか。
そうでなければ、本来的なコミュニケーションも信頼も培えはしない。
人と人であるなら、危機を抱えた心を前にして、肩をさすってやる事も、抱きしめてやる事も、時として必要だろう。
ルールは、心の問題を捨ておいて、ただ行為という表面だけを律している。
立場や役割にのみ留まる人に、生徒が心を開く訳はない。

生徒達の側にも、感情や情緒の発露に戸惑いがある。
泣けばいい時、喚けばいい時、立ち止まり躊躇ってしまう幼い彼等を見ると、憐れで哀しい。まるで教師と生徒は鏡のようなものだ、と、つい思う。
感情を露わにする事が必要な時に、堅い殻に自分の心を閉じ籠めようとする。
コミュニケーションの手法を身に付ける機会は失われ、心の壁ばかりが厚くなっていく。

ルールにがんじがらめの校長も他の教師達もできないのに、だが、教師資格のないラザールにのみそれができるというのは、アイロニカルでもあり、また残念でもある。
彼は、生徒達の目を塞ぐのでなく、真正面から生と死について話し合う、それは、自ずから生きる事の大事さに繋がっていく。
ラスト、シモンの涙を振り絞った叫び、ラザールとアリスの無言の抱擁の何と雄弁で豊穣な事か。
2組は、”信頼の死”の瀬戸際で抱き合い、前に向かって生きる事を見出すのである。
人と人の根源的なコミュニケーション、つまり”信頼の再生”を、ここでようやく手にするのだ。

明日、無資格がばれてしまったラザール先生は学校に来ないとしても、他人に優しくする事の大切さを学んだシモンとアリスは、もうそっぽを向き合う事はないだろう。
ラザールは、幼い2人に教えられ、ケベックの街で生きていく勇気を得ただろう。
教室は絶望をぶつけ合う場所ではない。殻を破れば、どんな場所であっても、人生には理解し合う歓びがあり、助け合い生きる歓びがある。


監督・脚本 フィリップ・ファラルドー
原作 エヴリン・ド・ラ・シュヌリエール
撮影 ロナルド・プランテ
編集 ステファーヌ・ラフルール
美術 エマニュエル・フレシェット

出演 フェラグ,ソフィー・ネリッセ,エミリアン・ネロン 他

受賞 トロント国際映画祭最優秀カナダ映画賞,ジニー賞(カナダアカデミー賞)作品賞,監督賞,主演男優賞他全6部門賞

2011年カナダ
 
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