1/5、マイケル･ラドフォードが監督をした映画『ヴェニスの商人』を、レンタルDVDで観ました。
原作は、言わずと知れたシェークスピアの喜劇です。
映画は、”リアリティのない悲劇”、そういった仕上がりになってしまいました。
シェークスピアがこれを喜劇に仕立てたのはよく判ります。
ストーリー展開に、相当な荒唐無稽があります。
シェークスピアは、喜劇ならばこそ、この荒唐無稽(非リアリティと言ってもいい)は許される、と考えて『ヴェニスの商人』を作ったと思います。
そのロジックを無視して、ラドフォードは大真面目な悲劇にこれを仕立ててしまいました。
悲劇では、このストーリー展開のリアリティのなさが、観る者の共感を得られぬ事に繋がってしまいます。
まず最初にこのロジックに気が付かなかったところに、この映画の失敗があるでしょう。
喜劇の後ろに見える悲劇というのは、古来よく言われる事です。
喜劇を観て、その裏に隠された悲劇に涙が出る、そういう事は秀でた喜劇にままあります。
しかし、だからと言って、悲劇に仕立ててしまうのは誤りです。
悲劇にするならば、この原作にあるストーリー展開のおかしなところに、さもありなん、というリアリティを付与する工夫が必要です。
勿論、それをしたら、悲劇『ヴェニスの商人』は、膨大な長さになってしまう事でしょう。
例えば、
1)何故あれ程軽薄なパッサーニオを、優れて智恵のあるポーシャが愛するようになるのか？
2)智恵深く、行動力もあるポーシャが、何故亡父のつまらぬ古代的遺言に、諾々と従っているのか？
3)パッサーニオの馬鹿げた発想による大金の無心に、人徳者アントーニオが借金をし、多大のリスクを冒して迄対応しようとするのか？
・・・等々。
これらは、シェークスピアの原作においても、説明もサジェスチョンもされていません。
でも、いいのです、あからさまな喜劇である事、制作側にも観客側にも共通の前提があるのなら。
しかし、悲劇的カタルシスの達成の為には、上に書いたの問題は、過ぎる程ベーシックな事項であって、その理由が納得できなければ、到達は不可能でしょう。
ラドフォードは、この映画で、パッサーニオとアントーニオの間に同性愛の存在を僅かにちらつかせていますが、これも、3)に何か理由が欲しいという、自身の気付きが、付け加えさせたのでしょう。
でも1),2)については、全く何も示唆がありません。
ユダヤ人とキリスト教徒の対立問題は、古くから、この戯曲の投げ掛ける問題として、多くの人が語ってきました。
第2次大戦のナチスのユダヤ迫害の問題を、時間をひっくり返して論ずる人もいました。
それ程、世界でこの問題は古く、特殊でない、一般的な問題だったという事でしょう。
しかし、映画から離れますが、ここで判らない事は、何故殊更に、シェークスピアがキリスト教をユダヤ教と比較するようにして持ち出しているのか、です。
シェークスピアは、人間の心の問題をずっと掘り下げ続けた人です。
結果、人間の根底や本質という事は語られても、宗教に原因を求めて安易に逃げてしまうような事は、彼は決してしませんでした。
それが、この『ヴェニスの商人』で何故、という思いが、私には、謎としてあります。
例えば、例の裁判で、肉1ポンドは証文に書かれている事であって、法律を遵守する立場からすれば、正義も認めざるを得ないが、血を流す事は、契約にない事であって許されない、この素晴らしいロジックは、これだけで充分に成り立っているのに、何故単に「血」でなく「キリスト教徒の血」と敢えて言わなければならないのか、そこは私にはよく判りません。何教徒の血であろうと、このロジックのヒューマニズムは覆っているのに。
もともと、シェークスピアの自筆の原本というのは、何れの作品にも残されていません。演じられたリブレットが何種類かあるだけで、それも、誰がいつの劇用に書いたものか判っていません。原作自体、シェークスピアの完全なオリジナル発想によるものでなく、当時語られていた逸話をシェークスピアがうまくまとめ、人物の一層の掘り下げをした、そんな経緯ででき上がっているものが多い。シェークスピア本人だって仮の名で、実は誰だったのかというミステリーが、今も世の人の興味をそそっています。いつの時代か、ただの「人の血」が「キリスト教徒の血」に書き換えられたとしても、おかしくはありません。
でも、これは全く私の勝手な空想であって、証明する手立ては一切ない。ただ、他のシェークスピア作品と比較して、変だなあ、という苦みのある思いが心に残るのみであります。
終わりは話が横道にそれてしまいました。
監督･脚本 マイケル･ラドフォード
撮影 ブノワ･ドゥローム
音楽 ジョスリン･ブーク
出演 アル･パチーノ,ジョセフ･ファインズ,ジェレミー･アイアンズ,リン･コリンズ 他
2004年米英伊他合作
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