■残日
●カレンダーを見ると、ことしも残り10日で
その出勤日と休日が相半ばするようになった。
落語にも「年の瀬」を扱った話がいくつがあったように思うが
「師走」とか、「年越し」の風情や情感には、庶民の暮らしへの
思いの反映があって、何か切なく、ほろ苦いものが浮かんでくる。
しかし、そんな思いを目の前の光景から
感じることは、近年ますますなくなってきた。
とくに今年は、100年に一度の大不況・大恐慌で、
越年の大変さだけが切実に感じられる。
●三、四日前のこと、夜更けてコーヒーを淹れようと台所にいくと
電気ポットの横に、大振りのゴキブリがいた。
そっと、何か叩くものがないかと、探したが何もない。
木製の茶敷きみたいなものがあったので、それをもって
そばに近づいた。
ゴキブリはまだ、そこにいた。
茶敷きを五本の指でつかんで、ゆっくり振り上げ
ゴキブリめがけて、えぃッと打ち叩いた。
紙であれば、仕留めたか否か、その成否は感触でわかる。
しかし、テーブルと茶敷きの、木と木がぶつかる音が一瞬しただけで
もしかすると、逃げられたかもしれないと思った。
静かに、そろそろと、打ち据えた茶敷きをもちあげた。
下に、つぶれたゴキブリがいた。茶敷きの裏にゴキブリの白い
体液か内臓のようなものが付着していた。
●ただ、それだけのことだったのだが、
となりの部屋で「数独」をやっていた妻に、自慢げに
大きなゴキブリを一発で、しかも木製の茶敷きで仕留めたことを
報告したら、大した感慨もなく、
「へぇー、そう。あんたにしたら珍しいわねー」
と言われた。
そして、考えてみた。
で、わかったのだが、ゴキブリは電気ポットのそばで暖をとっていたのだ。
逃げもせず、動きも鈍く、使い勝手の悪い木製の茶敷きなんぞで
叩かれて死んだゴキブリ。
「お前なんかに、私が叩けるものか!」
死んだゴキブリが、そう言っているように思えた。
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