ベートーヴェンの唯一のオペラ『フィデリオ』を、図書館のCDを借りて聴く。
原作 ジャン=ニコラ･ブイイ『レオノール、または夫婦愛』(仏語)
台本 ヨーゼフ･フォン･ゾンライトナー,
改定 シュテファン･フォン･ブロイニング,ゲオルク･フリードリヒ･トライチュケ(独語)
作曲 ルートヴィヒ･ヴァン･ベートーヴェン
初演 第1版(3幕)1805年,第2版(2幕)1806年,第3版(2幕)1814年
指揮 サイモン･ラトル
演奏 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
出演
レオノーレ(フィデリオ) アンゲラ･デノケ(s)
フロレスタン ジョン･ヴィラーズ(t)
ドン･ピツァロ アラン･ヘルド(br)
ロッコ ラースロー･ポルガール(b)
マルツェリーネ ユリアーネ･バンゼ(s)
ヤキーノ ライナー･トロースト(t)
ドン･フェルナンド トーマス･クヴァストホフ(br)
2003年ザルツブルク音楽祭で上演され、その同じ月の内に同じメンバーでコンサート形式で演奏されたもののライブ収録である。
一旦『ヴォツェック』迄行ったオペラ鑑賞を、再び何からスタートさせるか、と考えた時、この『フィデリオ』から始めるのはなかなかいいアイデアだと、我ながら思った。
実に音楽的なオペラだ。
・・・この表現って、何を言っているのか、判らないだろうと思う。音楽的でないオペラ等あるものか、と笑われる筈だ。
でも、聴いてまず頭に浮かんだのが、この言葉なのだ。
その訳を説明する事で、今日の感想に代えたい。
音楽というのは何からも独立した、絶対的で抽象的な聴覚存在で、どんな理屈やどんな説明でも代替できない。
そこに他の芸術と違う、音楽の独立性と素晴らしさがある。
バッハの無伴奏チェロ組曲やモーツァルトのクラリネット5重奏曲、そしてベートーヴェンの交響曲を聴いた感動は、言葉に置き換えようとした途端、それは音楽の網からザーザー漏れ出して、違うものになってしまう。そんな、もともこもなさや、とりとめのなさを、世の音楽評論家たらずとも、誰でも一度や二度は感じているだろう。
オペラは、しかし、言葉の芸術に近付いて行ってできたもので、絶対音楽とは少し違う。演技という世界も伴にしているし。
ストーリー他、言葉と一緒になって表現したい世界を、音楽と何とかドッキングさせようとする。”総合芸術”という言い方や観念も、その辺りから来ている。
誤解を承知で言うのだが、リヒァルト･ワグナー等がその一番先端にいて、途方もないロマン表現の為に音楽は捻ねくられ、引き伸ばされて、まあ、ロマン表現の為の具に音楽は相なっている。
オペラは、表現の可能性も大きいが、そういう危険性を孕んだ芸術でもあると言える。
しかし、この『フィデリオ』はどうだろうか。
聴きながら次第にその思いが強くなるのだが、台本は、ストーリーの生々しさは、削ぎ落とされて既に抽象の域にある。
例えば、誰かが、こんな事をして、こんな影響を誰かに及ぼして、終にはこんな結末となり、世の中を変えるに到った、等というストーリーを、ただ”英雄的行為！”と表現したところで、一体何の意味があるだろうか。
ストーリーというものは、生々しさや、自ずから生きているような感じこそに意味があるのであって、抽象的な言葉に置き換えて喜ぶのは、ちょっと奇妙だ。
だが、ベートーヴェンのこのオペラは、彼の絶対音楽としての交響曲を聴くのと殆ど同じ楽興がある。
この歌劇の先には、間違いなくシンフォニーの9番がある。
交響曲の7番と8番の間7.5番か、8番と9番の間の8.5番のシンフォニーとして聴いても全く構わないと思う。
レオノーレの物語は、理想的夫婦愛とか夫婦の絆とか、自由とかヒューマニズムとか、民衆の解放とかいう抽象的な言葉にいつの間にか摩り替ってしまい、生きた人間像、生々しいストーリーは何処かへ消えてなくなってしまう。
ある言い方をすれば、これはオペラの台本の弱さであるかもしれないが、また、ベートーヴェンのオペラの限界かもしれない。
このオペラには少なくとも3つの版と4つの序曲があるが、彼が悩んで悩んで改定を加えれば加える程、オペラは人間から離れ、抽象に近付いて行ってしまった、そんな風に想像する。
一般的なオペラでは、最低限ストーリーの事前勉強位はお奨めするのだが、この歌劇に限っては、まあしなくとも良い。
繰り返しになるが、彼の交響曲を聴くように聴けば良い。
ベートーヴェンが歌劇を1つしか創らなかった訳も、何だか想像できる気がしてくる。
ps.
レオノーレ(男装してフィデリオとなり、夫フローレスタンを牢獄に捜しに行く)役は、このオペラでは出ずっぱりだが、このCDのソプラノ、アンゲラ･デノケの声は、フォルテになると何処かから空気が漏れているような感じがする。
ヒーヒーしてゆとりがないし、音程に微妙な影響を及ぼす。ちょっと気持ち悪くて、万感を超え愛の歓喜に突き抜けるといった共感において、少々弱みがある。
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