元は「アメリカン・ジゴロ」での使用曲だった、ブロンディーの「コール・ミー」がこの映画の予告編にフューチャーされていた。ブロンディーと言えば、今年初め「HELP 復讐島」の劇中でも使用されていた。世の中的には、男社会にあって、ガラスの天井を破った感じにも表面的には見えて。闘う女性がメインに据えられ、長きに渡る抑圧を撥ねつける姿に同性から支持を集める。って、そんな風には時代の「空気」は繋がっているとは見做すには至ってないか。どっちかっていうと、そのルックス、容姿でまずそのトレンドは受け入れられているような。
そう、予告編で、昔のナツメロ洋楽が使用されていると言っても、「スーパーマン」同様にそれも持ち味としているジェームズ・ガン氏がメガホンは握らず、あくまでも後ろ盾と世界観監修の立場で。「コール・ミー」は、あくまでも、「客引き」として本編には使用されず。これは未見ですが、「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」で女子フィギィア界に身を置くプレッシャーから「捨て鉢」的な身の振り方をして転落したアスリートを描いたクレイグ・ギレスピー氏が、先に地球に降りて「正しき行い」の実践を模索する従兄とは、距離を置く鋼鉄の女子をどう描くのか、興味本位を前面に出かけましたが。
二時間を切る尺は、このジャンルにとっての必須条項をクリアして。エンドクレジットを見ると、いろんな特殊効果工房に発注していて(たまに、日本人名らしいスペルも見かけて。この中から何時か作り手として独り立ちしたりするかな)。それを用いる見せ場も、体裁は及第点だったとは思うけれど。見る前に思い描いていた、出来の良い従兄と違う、ねじれた心を見つめて自分の道を切り開き「その女の心意気や、良し。」と受け入れるには至らず残念に終わりました。
特異な能力が発動されない惑星の酒場でスーパーガールこと、カーラ=ゾーが、呑んだくれているところに、刀作りの両親を殺されたルーシーという少女が敵討ちを請負う猛者を求めて現れるもノコノコ物取りの餌食にされそうなところを救って。二人とも、追う相手が一緒で。結局、カーラはルーシーを庇いつつ追跡する事となるのだが。カーラが、いじけるのには、父母は、母星崩壊寸前のところ、同郷の人達を引き連れ脱出した衛星みたいなところで生まれて。そこも破滅する寸前、母親の葬儀の時に紛れ込んで来た愛犬クリプトと共に、父の手で先に地球に送られたクラークをアテにして脱出カプセルで送り出されて。肉親含めて、悲劇や犠牲を背負って、本人の自意識の中でただの生立ちとは消化できず引きずっていた。
追跡途中、カーラが地球上での通り名が「スーパーガール」である事をチラッと漏らすと、10代前半のルーシーから、「もう、ガールって歳じゃないでしょ」とか、突っ込まれる始末。クラーク・ケントも、まだ、去年の作品では、正義の人である事も「道半ば」な感じで。それが、いろんな異能な者たちで混沌とした中で、引き付けるポイントであったのだけど。
従兄から授かった、あのSのマークのコスチュームも着ないで、ほったらかしのままにして。去年に引き続くあのデザインだから、鮮度も落ちるから出し惜しむのもあるだろうけど。ともかく、「正しきひと」をコスチュームも含めて自ら表明するには、定まっておらず。
世を拗ねてパンクな生き方を通すのかと思いきや。二人の歳が違うのか、先の女性二人の間にケミストリーが起こらないのが、勿体ないというか。「復讐の血で、自分を汚しちゃいけない」と、クライマックスで、とうとうあのコスチューム姿を全開して、カーラが全部背負うのだけれど。仇役が、顔いっぱいの鋲を打った、ホラーキャラのヘルレイザーもどき。
そして、男の性しかない星人故に、女性を捉えて巨大母船に閉じ込めていて。クライマックスは、海上を飛ぶ敵母船が舞台で、空を切って飛ぶ彼女と相まって画的には難しくも縦横空間が広がって良いのだけど。解放される奴隷女性が、支配者に牙をむく図は、「マッドマックス」だし。お助けキャラのジェイソン・モモアの賞金稼ぎの白塗りメイクは、「ビートルジュース」を模倣したみたいだし。単なる脳筋キャラで、マイケル・キートンみたいに口は回らず、面白味が無く、タダの大味なお騒がせ役に終わって。
2000年以前の頃、ピアノ線でキャラ演者を吊ってからの横ナメ撮影で大空を行く様を切り取る構図が多かったけど。今は、モデルの上からカメラ据えて地表にお腹を向けて低いところを飛ぶ図とか、画の切り取り方のバリエーションも増えてはいるのだけど。高いギャラを貰っているとはいえ、身に着けるのに腹を括ったであろう、腰回りにスカートを模したヒラヒラを付けて。それと、膝上までのブーツ上に生脚が現れる「絶対領域」もあったりして。
クライマックスまでその露見を抑えて来たのに。飛行シーンだとか、水中に落下するだとかで、コスチューム姿のお披露目が途切れ途切れのカット見せとなっていて。見せ方の意味でも、活かしきれてなかったと思うのは、非難される見方かもしれませんが。たまに、生脚がチラッてするとスペクタクルな場面なのに集中が途切れてしまって、言い訳になっていないか。
それと、モモア氏が出られるのだったら、「ザ・フラッシュ」に出た黒髪のカーラで良かったのに。(無い物ねだり)あっちは、腰にヒラヒラ付けてなかったから、煩悩がもたげる事も無かったし。更に、強引に「宙を舞うなら黒髪が良いのに」で飛躍すると。ティム・バートンが、世に頭角を現した頃、池上遼一氏が描いた「舞」を実写化したいって言っていたなぁ。他にも、藤子不二雄先生の「エスパー魔美」(黒髪じゃなかったか)も有るし。日本の漫画原作も、聖林での映像化で取り上げられるようになった現状、そっちで映像効果生きている間に使われないかしら。それと、都合で吹替え版を見ましたが、カーラの声が、たまに「あかね噺」のヒロイン味を感じずにはいられませんでした。(悪い意味にあらず)
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございます。
シネマサンシャインららぽーと沼津 シネマ�┐砲董�(日本語吹替版)
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