ニューヨークで、臨時の音楽教師を務めているジョーは、ジャズピアニストとして活動する夢を捨てきれずに居た。とある日に、ジャズクラブに出演するカルテットのピアニストの代役オーディションに呼ばれ、リーダーの女性サックス奏者のお眼鏡に適い、ステージ
年明けに劇場で目にした本作と、「クラメルカガリ」の予告編に惹かれる。今時分、原作に頼らない映像化は、「共有感動」が無い分作る側も見る側も、暗がりを手探りで歩むに等しく手を出し難いのだけれど。反面、広告代理店や、TV局にスポンサーとかの顔色を窺
「クラユカバ」と同じく、掘り下げ工事が進んで、地上と地下と全く違う世界が併存する炭鉱町を、背景や街の景観に、情報屋の店構えに、偏屈な発明じいさんが使用する車椅子に、隠された自走機械とかくすぐるガジェットデザインとか一時代前のレトロ調でキッチ
直前に見た作品が、扱っているテーマの重さと、スケールと語り口でスクリーンからの「圧」が強いうえに頭を働かせないとならなかったので、それとは違うものが見たい本心に従って出かけたのですが。作品に備わる鋭い問題提起だとかジャーナリスティック色の濃
我国を除いては、ほぼ公開済のこの作品が、全体的な支持評価の波を受け誰にも通じる「箔」であるオスカーゲットのお墨付きを得て、世界最終興行とばかりに半年以上の空白を経てやって来た。その間映画専門媒体で、近隣国に出向いて見て来たメディア記者の評伝