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2026年05月06日00:03

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「人はなぜラブレターを書くのか」を見て。〜それは、私の存在とあなたとの時間を分かち合う「よすが」となる〜

TVの過去の事件に纏わるエピソードを取り上げるヴァラエティ番組でも知れ渡った「日比谷線の脱線事故」を題材としている。2000年3月に不慮の事故で人生を閉ざされた高校生冨久信介さんに、当時渡されなかったラブレターが時を経て信介さんの御両親に届いて知り得なかった当時の息子の淡い思春期の頃を知り得る事となって。生前には、信介さん本人からは語られなかっただけに、その知り得ぬ差出人からの手紙は、ご両親にとって大きな「慰め」をもたらした。

そんな多くの方の記憶に新しい奇蹟的エピソードを取り上げるも、今日この頃にあっては「気持ち」を伝えるツールは手軽だからこそダイレクトで慎みも深みも無さそうで恋文の手段は古風に受け取られそう。年齢は問わないとは言え、その衝動に囚われガチなのはヒト知り始めの頃だけに、アオハルものとも勘違いされても不思議は無いところ。第三者的に興味探求の気持ちを包み隠さず、この実話実写化作のタイトル表記として脚本を書き上げた石井裕也監督は、TV局と大手芸能事務所が後ろ盾となる本作を、再現VTRの豪華拡大に仕立てる訳はないでしょう。

事件当時、同じ時間帯の通学車両に乗っている冨久信介さんを遠巻きに意識していた寺田ナズナが、高校生当時の回想を挟みつつ、今の彼女の夫と娘の家族の現況を併行する中、「偶発的」に渡せなかったラブレターを介して、ナズナ自身には知り得ない人達との係わりや想いを照射する。家庭がありながらも、仕舞い込んで20年以上経った「埃を被った想い」をナズナが掘り返す理由と、血縁者は勿論、直接互いの存在を知らぬ者を突き動かし、結びつけるのは、「その時間、その場所に居合わせた証し」を受け取る事が出来なかった相手の未練が我が身にも及ぶ自覚に端を発して、今この時にそれを受け止められる重みを受け止められたから。

2000年当時の通学電車内を思い起こすと、確かに周囲に人は取り囲んでいるけれど、自分も含め素性を明かさず、乗車のあいだの分ただ時間だけが過ぎて。何か生きている間の、孤立とか不安をともなって、人生の終点まで押し黙ったまま送り通されているみたいにも置かれた状況が受け取れるのだけれど。ラブレターによるある意味自己主張を例えとして、そのひとの存在というのは、枝先を延ばして他者を結び付けて、目指す方角へ生きる行き先を変えられる機転となるものなのだなと。

ちよっと、横道に逸れるかもですが。例えば、「マディソン郡の橋」での母親亡き後の成人した子供達の父親以外の相手とのロマンスを知った時の反応の様に、ナズナの娘の舞が、偶然に母が投函を躊躇った昔のラブレターを読んでしまって。知り得なかった「女の子」だった母の昔の頃を知ってしまう件も重なって。端からすれば、なかなか無いチャンスが巡って羨ましかったりもするけれど。あっちの洋画みたいに、母親を「不潔」とか流石に責めたりしないのは好印象であります。

お母さんは、古民家で定食屋を営んでいて。そこを手伝う女子大生に遠回しに母の家の外での様子を聴取するとかナズナの渡されなかった昔のラブレターの「扱い」を巡る段取りの付け方は、不純な疑念も及ばない様に創作の工夫が忍ばれました。その定食屋さんも、ナズナ自身に体に良いものをお店で提供するポリシーがあるらしく、自分の畑から大根を引き抜いて調理していて。前半の状況説明で、サラッと料理自体は見せるだけなのですが。その後、「現在」の時間軸のナズナの描写で、食の太そうな学生に注文とは別にげんこつ位の塩おむすびを、このお米高の御時世に振る舞う場面も挿入されて。

作品を追って行くと、単に定食屋としての「気前の良さ」を示すものでなかったのが明らかになって。冨久信介さんが通っていた、ボクシングジムと仲が良かったボクサーも実名使用されてはおりますが、作品の幹として事件部分を据えつつ、フィクションの枝葉を整えているのだけれど。コロナ禍を受けて発表した作品では、主張の強さの余りに蛇足や空回りとも受け取れるところが、作品に賭ける熱にも受け止められたのだけれど。連休中の東宝実写「良心作」を背負ってたつ意義がそうさせたのか、自分が見て来た石井裕也監督作にしては、丁寧な印象でした。

母ナズナの自分と同じ年頃のエピソードを受けて、娘の目線での展開するところ。冒頭と作品の締めに挿入されるトンネルの向うに小さく見えるトンネル出口に向けて走る電車の先頭方向を写し続ける映像が母の経験を受けて自身の未来を開いて行く娘の舞に重なって見えて詩的に写りました。

「あゝ荒野」でのボクサー役の苦労をまた再び負った菅田将暉さんまで、作品価値をあげるために起用するほどキャスト面では、有名実力どころを揃えて充実の中、冨久信介さんを演じた細田佳央太さんは、石井裕也監督の「町田くんの世界」がデビュー作なのだけど。今回また、娘の舞を演じるのが、オーディションを経ての抜擢となる西川愛莉さんで、母の渡されなかったラブレターを受けての娘の心境の変化を見せ場にして、先輩達に臆せず今後の活躍を期待させます。

まだ時間を共にする存在を見付けられていない子がまだ1人居る身としては、信介さんの父を演じた佐藤浩市さんと、舞の父役の妻夫木聡さんに、どうしても感情移入をしてしまって。特に、家族にあって黒一点の存在である妻夫木父の劇中、親なりに心配したところで、性差で妻娘の聖域からは除外される辺りもシンパシーが強まったりして。母の佇まいから生き方を定めた娘から見えないところで独り落涙する姿は、出来ればその境遇は重ねたくないと思いつつ。他者はそこに居ないとはいえ、公の場ではばかり無く感情を開放させるシーンは、「ジョゼと虎と魚たち」での沸き上がる悲しみを包み隠さなかった描写を彷彿とさせます。本作でもあらためて妻夫木さんは、男の人前泣きを、今また肯定してくれました。(絵になるかは、その人次第ではありますので)

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
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