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2024年03月14日05:05

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斎藤幸平+松本卓也編『コモンの「自治」論』(集英社 2023)

本書の目次:
はじめに――今、なぜ〈コモン〉の「自治」なのか?(斎藤幸平)
第1章 大学における「自治」の危機(白井聡)
第2章 資本主義で「自治」は可能か?(松村圭一郎)
第3章 〈コモン〉と〈ケア〉のミュニシパリズムへ(岸本聡子)
第4章 武器としての市民科学を(木村あや)
第5章 精神医療とその周辺から「自治」を考える(松本卓也)
第6章 食と農から始まる「自治」(藤原辰史)
第7章 「自治」の力を耕す、〈コモン〉の現場(斎藤幸平)
おわりに――どろくさく、面倒で、ややこしい「自治」のために(松本卓也)

〜以下、第3章 〈コモン〉と〈ケア〉のミュニシパリズムへ(岸本聡子[2022年〜 東京都杉並区長])より抜き書き〜
□杉並区長選のスタイル:「街頭演説で「これは私の選挙じゃないんです。私たちの、そしてあなたの選挙なんです」と訴えると、それまで素通りだった聴衆が足を止め、耳を傾けてくれるようになりました。「杉並の街のことは、杉並で暮らす皆さんが一番の専門家なのだから、あなたの声をもっと聞かせてほしい」と問いかけると、通りがかりの人たちが話しかけてくれるようになりました。多くの人が対話を求めていることを知り、選挙戦の終盤では私のほうが地べたに座り、マイクを持つ有権者たちのアピールをじっくり聴かせてもらうというスタイルも定着していきました」(p.88)
□市民営化:「フランスのパリ市では、水道事業の運営に市民も参加できる「市民営化」[←「市民」に付点]とも呼べる水道事業の仕組みが、2009年に水道再公営化を果たした後に誕生しました。水道事業を営む水道公社とは別に市民や働き手が意見やアイディアを述べる組織が創設されたのです。企業が担っていた管理を単純に公共事業に戻すだけではない「進化」と言えるでしょう」(p.92)
□ミュニシパリズム:「ミュニシパリズムとは、地方自治体を意味する「municipality」に由来する言葉で、直訳すれば、自治体主義・地域主権主義といった日本語になるかと思います。[……]まず重要なのは、市民の生活を切り崩してきた新自由主義を、連帯と社会正義で克服しようという「市民の挑戦」だという点でしょう。地方自治体の役所や首長が主体ではないのです。主役は市民です。/さらに具体的には、選挙による間接民主主義だけを政治の場とするのではなく、市民の直接的な政治参加を促し、地域に根づいた熟議のなかで、「自治」を育むこと。利潤の追求や市場のルールよりも、市民の社会的権利の実現をめざすこと。新自由主義から脱却して〈コモン〉の価値を中心に置くこと」(p.96)
□〈ケア〉の思想:「〈ケア〉という言葉を私なりに定義すると、まわりの人々から人間以外の生物や環境まで気遣うことです。すべての人は生まれる前からケアされ、人生を通じてケアをして、そしてまたケアされて人生を閉じるのです。ケアから無関係の人は誰もいません。[……]もう一度〈コモン〉とは何かを問い直すと、誰もが「生きていく」ために必要とする共通財産のことですから、〈コモン〉の再生を考えるならば、命を育むという〈ケア〉の思想を強く意識することが本当は必要だったのです」(p.98)
□一歩を踏み出す:「「どうせ無力さ」とあきらめる姿勢を捨てて一歩を踏み出せば、「まさか」と思われることも実現できる可能性が開けていきます。「ミュニシパリズム」の曲(*)を作ったカフェの女性店主自身も、その歌詞にこめた思いを実行するかのように、2023年4月の杉並区議会議員選挙に立候補しました。そして、見事当選したのです。/一歩を踏み出したのは彼女だけではありません。今回の選挙を通して、杉並区議会は48議席のうち、女性議員が半数を占めるようになったのです」(p.114)
(*)https://www.youtube.com/watch?v=eT37Bn2ElU0

〜以下、第7章 「自治」の力を耕す、〈コモン〉の現場(斎藤幸平)より抜き書き〜
□政治主義の罠:「反緊縮派は、人々に貨幣さえ手渡せば、それですべてが解決すると信じています。反緊縮派にとっては、「上から」ばらまく貨幣が「魔法の杖」です。/反緊縮派の問題点は、政治の力を使って、政治家や専門家が「上から」制度や政策を変えさえすれば社会は変わるという発想にあります。こうした「上からの改革」ばかりを重視する発想を「政治主義」あるいは「制度主義」と呼んで、私は批判してきました。/なぜ、それが問題なのかと言えば、トップダウン型のやり方では、「構想」と「実行」は分離されたままで、民主主義や「自治」のために必要な私たちの能力は回復しないからです」(p.241-242)
□水平的な直接民主主義:「ウォール街占拠運動では[……]商品交換ではない、贈与の次元を資本主義内部につくり出すことで、資本主義に抗う主体性を形成しようとしたわけです。これが〈コモン〉です。/そして、この〈コモン〉を基礎として、平等な関係性が生まれ、意思決定のあり方も変わっていきます。具体的には、アセンブリ(集会)を開き、参加者が一堂に会して、議題を多数決ではなく、参加者が自由に意見を述べながら、全会一致で決めていったのです。〈コモン〉をみんなで管理するようになることで、「構想」と「実行」が再統一された。それによって「自治」の力が取り戻されて、民主主義の姿も変わった。この順番が大切なので、強調しておきましょう。/そのような水平的な直接民主主義にもとづいた反資本主義活動が突如出てきたことは、世界に大きな衝撃を与えました」(p.253)
□「自治」は〈コモン〉の再生に関与していく民主的なプロジェクト:「本章で提示しようとしたのは、垂直型の政治や運動に代わる新しい形の参加型「自治」に向けた、21世紀の理論と実践の可能性です。/そのカギとなるのが、万人が〈コモン〉の再生に関与していく民主的なプロジェクトです。それこそがマルチチュード[グローバル資本主義の支配下にあるすべての人々、多種多様な人間の集合体]のアントレプレナーシップ[〈コモン〉を自分たちで管理していく能力やそのための組織をつくる能力]という形でその「構想と実行の再統一」を実現し、「自治」の領域を拡げていくでしょう。/そこに20世紀型の前衛党は要りません。[……]ただし、そのような「自治」の民主的実践に求められるのは、単に水平的な関係ではなく、組織化や制度化をめざす「斜め」の関係です。この「斜め」の関係は社会運動にも、地域社会のミュニシパリズムにも、もっと大きなレベルにも当てはまります」(p.272)

〜以下コメント〜
■3月9日と11日の記事で述べたように、斎藤幸平の視野には政治的国家とその下での統治にかかわる諸々の事象がいまだ繰り込まれてはいない。現時点では彼はあくまで「経済」思想家であり、そのポジションから可能な限り「脱成長コミュニズム」の未来を見通そうとする論者である。その彼が、ではさしあたって今私たちは何ができるのか? という関心から松本卓也(精神病理学専攻)と共に編んだのが本書であり、「自治研究会」を組織し、そこでの討論を経て各メンバーがそれぞれの論稿を寄せたとのことだ(松本執筆の「おわりに」による)。
■今私たちは…の話であるから、世界革命とか帝国主義打倒とかいう話はもちろん出て来ない。岸本と斎藤の論稿に絞って言えば、その対極にあるような身近な地方自治体のミュニシパリズム、有権者のアピールを候補者が聴いているような選挙戦のシーン、「水平的な直接民主主義」の実践が描き出されている。
■20世紀型の前衛党は要らない、と斎藤は書いている。何が要らないのかはひとまずわかったが、それならそれに代えて何が要るのか? という点について、彼は「組織化や制度化をめざす「斜め」の関係」と書く。これは第5章で松本が「べてるの家」の「当事者研究」(**)を紹介しながら、“68年的な思想”でいったんは否定された精神医療の垂直のヒエラルキーを全廃せず“弱毒化”して使うという文脈で使っていた言葉だ。斎藤は今のところそのアイデアを借りてこう言ってみました、という域に留まっている、というのが僕の感想である。
(**)https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1974075361&owner_id=20556102(←コメント欄、あまでうすさんへの2回目のリプライで触れています。)
■斎藤は20世紀社会主義国家と並べて福祉国家についてもそこでの官僚制の肥大などの問題を指摘している(p.247-248)。ここでもまた、こうであってはならない、と言いつつ、それならそれに代えて…という話がまだ見えない。それは彼の視野の制限のゆえだろう。
■ここで想起されるのは、井上すゞ『ジャコバン独裁の政治構造』の「むすび」(***)で書かれていたセクションの民衆運動とジャコバンとの関係という問題である。政治主義を排し直接民主主義を重ねてゆくというイメージは、いまだなおそこでのセクションの民衆運動のスキームに収まるものであり、井上の見ていた問題圏の内にある…のではないだろうか?
(***)https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1983959790&owner_id=20556102


【最近の日記】
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https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987151562&owner_id=20556102
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https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987137380&owner_id=20556102
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