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2024年03月11日05:50

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斎藤幸平『マルクス解体』(講談社 2023)

原書は、KOHEI SAITO“Marx in the Anthropocene : Towards the Idea of Degrowth Communism” Cambridge University Press 2023 本書はその日本語版である。

下記サイトのインタビューで、著者自らこの本ではこういうことを書きました、と語っている。
https://gendai.media/articles/-/119138?page=1&imp=0
[以下引用]
『大洪水の前に』[堀之内出版 2019]は、マルクスの環境思想が1840年代から80年代まで、どのように形成されていったのかを追いかけるという内容です。一方の『マルクス解体』は、マルクスの死後に、その環境思想がエンゲルスやソ連正統派のマルクス・レーニン主義、さらには、両者を批判した西欧マルクス主義によって、どのように歪められ、忘却されていったのかという問題を考察するところから始まります。
その際にキーパーソンとなるのが西欧マルクス主義の祖とされるルカーチです。ルカーチの草稿を読み直すと、そこにはマルクスも重視した「物質代謝」論が展開されていて、そのなかに環境思想がある。けれども、西欧マルクス主義でさえも、そのことを見逃してきたことが、マルクスのエコロジーの忘却に繫がった。これが第一部ですね。
第二部ではルカーチの議論に立脚しながら、「社会」と「自然」、あるいは「人為」と「自然」という垣根を取り払う人新世の一元論的なエコロジー論を批判し、二元論を擁護しています。ここで批判の対象となるのは、フランスの人類学者ブルーノ・ラトゥールやアメリカの環境史学者ジェイソン・W・ムーアです。
さらに一元論と親和性が高い左派加速主義的、あるいは生産力主義的なポスト資本主義論も批判の俎上に載せる。こういった現代の人新世をめぐる議論の批判的検討も『大洪水の前に』にはなかったものです。
第三部では、マルクスの自然科学研究にフォーカスした『大洪水の前に』に対して、彼が資本主義以前の西欧、あるいは当時の非西欧社会にまだ存在していた「共同体」に注目して研究していたことを取り上げながら、エコソーシャリズム(環境社会主義)より狭いカテゴリーとして「脱成長コミュニズム」という概念を提出しました。
環境社会主義の中には、社会主義になれば生産力をどんどん上げても持続可能だという議論もあるわけですが、「脱成長コミュニズム」はそういった生産力頼みの環境社会主義とは一線を画します。『大洪水の前に』には、「脱成長コミュニズム」という概念はまだ登場していないので、環境社会主義という文脈でも議論を前進させることができたと思っています。
[引用終り]

第一部 マルクスの環境思想とその忘却
第二部 人新世の生産力批判
第三部 脱成長コミュニズムへ

以下第三部より。

〜以下抜き書き〜
□ロシア革命の可能性:「マルクスの歴史観は1881年までに大きく変化している。なぜなら、ロシアの農村共同体が資本主義的近代化の破壊的過程を経ることなく、既存の共同体的所有に基づいて社会主義へと飛躍し、自らの歴史を作る能動的な力やそれを可能にする「経済的優位性」を明示的に認めているからである。マルクスは、非西欧社会における資本主義の拡大に対する抵抗力に注目することで、ロシア革命の可能性を見出したのである」(p.290-291)
□共同体の生命力:「前資本主義社会と非西欧社会における人間と自然の物質代謝が、資本主義とはまったく異なるやり方で取り仕切られている点にマルクスは着目した。マルクスは、それが共同体の長期にわたる生命力の源泉だと考えるようになる。要するに、その生命力の根底には、持続可能性の問題があるということにマルクスは気がついていたのである」(p.299)
□脱成長コミュニズム:「このように、自然科学と共同体という一見無関係に見える2つの研究分野が密接に絡み合いながら、マルクスはそれまでの史的唯物論を放棄する。そして、14年間の研究の末、定常型経済に基づく持続可能性と平等が資本主義に抵抗する力の源泉であり、だからこそロシアの共同体が資本主義の段階を飛び越えてコミュニズムに到達しても何ら不思議ではないという結論を出したのだ。さらに、西欧社会が資本主義の危機を解決するために原古的な型のより高次な形態に意識的に「復帰する」のが必要なのも、定常型経済のもとでの持続可能性と平等を実現するためである。この意味で、マルクスのポスト資本主義の最終展望は脱成長コミュニズム[←「脱成長コミュニズム」に付点]なのである」(p.315)
□コモン化:「資本主義が利潤追求、私有財産、無秩序な競争のシステムである以上、社会的・自然的な富を守るためには、社会的計画、協働、そして持続可能性の視点が不可欠である。だからこそ資本による「商品化(commodification)」の論理に抗して、コミュニズムは富の「コモン化(commonification)」を求めるのだ」(p.343-344)
□社会計画と規制:「脱成長コミュニズムは無限の経済成長を目指すのをやめ、贅沢な消費を促すような部門の生産を減少させるための社会計画と規制を導入する」(p.352)
〜以下コメント〜
■斎藤が最も言いたいことは、「自然の支配という近代のプロメテウス主義の野望」(p.111)を徹底的に批判したい、20世紀マルクス主義もこのプロメテウス主義に、すなわち生産力主義に乗っていた、そのようなマルクス主義のパラダイムをひっくり返したい、ということだろう。この点に関してはいかにもその通りと思う。彼の言う「プロメテウス主義」は、鈴木一策が『マルクスとハムレット』(藤原書店 2014 *)で言っていた「ヘーラクレースからマーキュリーへ」の「ヘーラクレース」と重なるところがあるだろう。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1933936745&owner_id=20556102
■晩期マルクスについては、著者自身が認めているように、「晩期マルクスがロシア革命の可能性に対して態度を大きく変えたという主張も、数十年前にすでに和田春樹[『マルクス・エンゲルスと革命ロシア』勁草書房 1975]やテオドール・シャニンが指摘しており、MEGAを使っているという点を除けば、それほど新しいものではない」(p.295-296)
■松井暁はこの論点については明確に異議を唱えていた(『ここにある社会主義』p.106)。松井に言わせれば、この論点に関する限り斎藤幸平は「コミュニタリアニズム」の徒なのか、ということになるだろう。こんな難しいカタカナ語を使わずとも、要するに斎藤は市民社会を経由することなくコミュニズムへ移行することが可能だと考えているのか? という問いを多くの読者は抱くだろう。本書の論述は、マルクス主義と環境問題をめぐっての欧米の諸論者を相手とする理論闘争のくだりはまことに精緻にして熾烈なのだが、その先のマルクスのノートの読解に基づく「脱成長コミュニズム」の展望に至るくだりは、まだまだ考えるべき論点が多いところ、マルクスはこう書いていた、したがって私もまたこう考えるのだ、というモードを脱していない、というのが僕の感想である。
■「原古的な型のより高次な形態に意識的に「復帰する」」というのも、「否定の否定」の弁証法として斎藤は重視しているのだが、つまりは、かつてあった良きものの高次復活、ということである。何という便利な理屈だろう。こんな理屈に乗ってしまってよいのか? と自問すべきところではなかっただろうか。
■「脱成長コミュニズム」が思い描かれるくだりで現れる「社会計画」や「規制」は気になるタームだ。「計画」「規制」は社会経済権力にとどまらぬ政治的権力の存在を前提としている。それはいかなるものとして想定されているのか? という問いを出しても斎藤は答えられないだろう。松井と同様に彼もまた政治的支配ないし統治という次元はいまだその視野に入っていないからだ。「脱成長コミュニズム」の下での「社会計画」とはいかなるものか。それは20世紀社会主義の下での計画経済とはどのように異なるのか。そこでの権力を担うのは、相変わらず「官僚階級」なのか。いや、「アソーシエイトした生産者たち」の下ではそうした「階級」が出現することはないのか。などなど、ここから先は山ほどの疑問が並ぶ。
■もともと、マルクスの探究した世界は社会経済次元のものであり、政治的支配の問題、国家という問題はその外側にあった。だから、マルクスのノートを深掘りしてもそうした疑問への回答を得ることはできないだろう。という制限の所在を斎藤は自覚しているのだろうか。という疑問を抱きつつ本書を読了した。


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