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2023年05月05日18:41

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風林火山伝 第2部 第43話 龍の涙

岐阜城周辺は激しい豪雨となり、さらには雷が鳴り始めたのであった。
武田信廉は急ぎ、雨に濡れるのを避けるため、高坂弾正の案内に従い、岐阜城に急ぎ入城した。

そして、信廉は弾正の案内のもと、岐阜城の天守の最上階の三階まで登り、大広間に入った。大広間の正面の襖絵は甲斐よりの富士山の眺め、上座からみて左は桃源郷、右は京の都であった。さらに天井には武田の家紋 武田菱の四つの菱形が赤く塗られ、その中に蠍が黒く描かれ、それぞれの菱の外角の方向に頭を向けていた。武田菱の外には金色の龍が泳いでおり、それぞれの蠍と睨み合あっており、戦を思わせる緊迫感ある描写であった。

信廉は近習二人ずつ護衛のため左右に配置させ、甲斐から眺めた富士山の襖絵のある上座に座り、下座には弾正、お市が座った。

「弾正、ひさかたぶりであるな。この岐阜城をわずか10日足らずで、再建するとは、
 驚いたぞ。また、左右の襖絵 桃源郷にたとえた甲府の桜並木の景色、京の都の紅葉の
景色がよく調和がとれておるな。誰に描かせたのじゃ?」

「お褒めのお言葉を頂き、ありがたき幸せにございます。この襖絵は、狩野永徳の長男 光信が描いたものでございます。確か、織田信長公が岐阜城を治めていたとき、襖絵は狩野永徳に描かせたと聞いております。」

「お市殿、この岐阜城の居心地はどうか?お市殿が弾正殿の側室になる知らせを聞き、
度肝を抜かれたぞ。弾正のどこに魅かれたのか?」

「お初にお目にかかります。岐阜城は兄が岐阜城にいるとき住んでいたこともあり、勝手はよく分かっておりますので居心地はとてもようございます。弾正殿とは亡き夫 長政殿とは風貌は違いますが、長政殿のようにやさしいお心の持ち主であり、凛々しいお姿をしており、まるで長政殿の生き移りに感じてなりませんでした。そして、弾正殿も私の魅力に魅かれ、弾正殿より側室になってほしいと頼まれ、喜んでお受けした次第でございます。」

「弾正、お市殿に慕われ、お主も幸せものよのう。さて、本題に入るが此度のわしの岐阜城訪問の目的はお主の願いであるお市殿を側室することについてのmt2q御屋形様からの返答の書状を手渡すことじゃ。」と信廉は言い、近習を介して信玄の書状を弾正に手渡したのであった。

その書状には、弾正がお市を側室とすることを認めること。一方、弾正は信廉に
岐阜城を明け渡し、越中の一向一揆と和睦した上杉謙信に備えるため海津城に戻るよう書かれていたのであった。

その書状を読んだ弾正は顔色が変わり、くやしさのあまりか右手のこぶしで畳を叩いたのであった。これは何かの合図のようにも見えた。すると天井の四頭のそれぞれの龍の絵の目から血が雨のようにぽたぽた落ちてきたのであった。

                                   つづく




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