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2024年05月19日07:53

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山風銀行物語 第一部 第十話 麻賀への挑戦 その3

桑名手形交換所では、いつも通り、午前11時から手形交換業務が開始され、武田は今日も昨日と同様、小切手・手形金額の確認をした。武田は小切手・手形の金額の確認を終え、手形交換明細書の記入を終えた。
「今井さん。手形交換明細書記入終わりました。これより、各銀行ごとに確認印をもらってきます」と武田は張り切っていた。
「武田君、ちょっと手形交換明細書見せてくれる。まだ、私の確認終わってないわよ」と今井は武田の記入した手形交換明細書を確認した。武田は今井に確認依頼するのをすっかり忘れていた。
「武田君。だめじゃないの! 東和銀行の持ち出しと持ち帰りの記入欄、逆になっているわよ。差し引きの金額見ておかしいと思わなかった?いつも東和銀行から山風銀行への持ち帰りの小切手・手形の方が山風銀行から東和銀行への持ち出しの金額より上回り、山風銀行の収支はマイナスになるはずよ。山風銀行の収支がプラスになることはありえないのよ。すぐやり直しなさい」と今井は武田に厳しく指示した。実際のところ武田は、東和銀行の記入欄のところで、麻賀のことが脳裏をよぎり、つい、うっかりして記入欄を逆に書いてしまった。武田は冷静になり、手形交換明細書を最初から書き直し、自ら十分チェックの上、再度、今井に確認のために明細書を手渡した。その後、今井がしばらく明細書をじっと眺めていた。その間、武田は生きた心地がしなかった。
「武田君、今度は間違いはなさそうね。もう時間があまりないから、さっさと各銀行の確認印もらってきて」と今井は武田をせかした。
武田はいつものように、最初、伊勢銀行から確認印をもらい、次に東和銀行の確認印をもらいに麻賀の席に行った。ちょうどその時、尾張銀行の行員が確認印をもらっている最中であった。武田は後ろで待っている間、手形交換明細書と小切手・手形を右手一つで持ちながら、左手はさりげなくズボンの左ポケットに手をやり、ポケットの中から白色の封筒を取り出した。封筒は官製はがきが入るぐらいのサイズで、封筒の中央に麻賀さんへ、右下に武田よりと黒のサインペンで書かれており、封筒の後ろには赤いハートマークのシールで封印されていた。そして、武田は封筒を手形交換明細書の下に隠した。
「麻賀さん。確認印お願いします。今日はとても顔色いいですね」と言いながら、東和銀行の小切手・手形をまず先に渡し、次に明細書の下に白い封筒を添えて、麻賀の机に置いた。
「武田さん。昨日は励ましてくれてありがとう。実は昨日の地震で幸田支店の仲のよい同期の行員が大けがをしたの。武田君の励ましてくれたファイトのポーズで同期の行員にエールを送ったら、奇跡的に一命をとりとめたの。武田君には感謝しているわ。」と言い、小切手、手形の金額の枚数、残高と明細書の金額が合っているのを確認し、麻賀は明細書に確認印を押し、明細書を武田に手渡した。そして、麻賀の机に白い封筒が姿を現わした。
「確認印ありがとうございます」と言い、麻賀が白い封筒に気づく前に、武田は隣の美濃銀行の担当の席に素早く移動した。
その後、麻賀は白い封筒に気づき、「武田さん!」と呼びかけた。
「麻賀さん。言い忘れていました。それは、東和銀行さんの御取引先の信用調査依頼書です。本来なら郵送すべきですが融資課の人に頼まれて持ってきました」とまわりからみれば当たり障りのない説明であったが、麻賀からみれば明らかに嘘をついているのが分かる説明であった。麻賀はその封筒に麻賀の名前が書かれていたのを認識し、それ以上は武田に対して問いかけはせず、その白い封筒を素直に受け取り、青色のベストのポケットにしまい込んだ。
武田はすべての銀行の確認印をもらい山風銀行の席に戻った。そして、東和銀行の麻賀のほうに目をやると、麻賀はとなりの美濃銀行の行員と話をしていた。
その後、武田は麻賀と再び目を合わすことなく、今井とともに桑名手形交換所をあとにした。
「武田君。手形交換所もあと残り1日ね。麻賀さんと今日も仲良く話していたわね。武田君、初日の武田君の約束覚えているわよ。もう麻賀さんの連絡先聞いたの?」
「いえ、恥ずかしながら、まだ連絡先は聞けていません」
「武田君、まだ聞いていないの!何くずくずしているの!でも、手形交換所内だったら、連絡先聞くのは難しいかもね」
「明日、麻賀さんの連絡先聞くことができなれば、改めて相談します」
「明日は最終日だから頑張るのよ」と今井は武田を励ました。武田は明日の麻賀からの手紙の返事に期待していた。

麻賀は東和銀行桑名支店に戻り、昼休み、一目を盗んで、こっそり、更衣室で武田からの白い封筒の封を切り、中に入ってる手紙を取り出し、じっくり読んでいた。麻賀の心境は複雑だった。武田さん、手形交換所、明日で最後なんだ。うーん、武田さん、いい人みたいだから一度、お会いしてお話だけでも聞いてみようかなあ。でも、蟹江支店の笹野先輩のこともあるしなあと一人で考えあぐねていた。麻賀は以前、桑名支店に勤務していた笹野に想いをよせていた。

一方、武田は昼休み、お弁当を食べていたが、頭の中は麻賀のことでいっぱいであった。
「ごきげんよう。昨日はお疲れさん。なにか悩みごとかな?俺でよければ相談に乗るよ。悩みよ悩みよ、みな闇に飛んでけ!」と小早川が駄洒落を言った。
「小早川さん。昨晩はありがとうございました。駄洒落の励ましありがとうございます」
「手形交換所でなんかあったのかね?君の顔には麻賀さんのことで悩んでいると書いてあるよ」と小早川は武田の悩みをズバリ見抜いた。
「武田君、明日が返済期限なのよ」と今井が話に割り込んできた。
「どういうことかな?」と小早川が興味深く聞き返した。
「武田君は明日までに麻賀さんの連絡先を聞くという約束手形を私に振り出したのよ。明日それを実行できないと、武田君は私に対して不渡り手形を発行することになるのよ」
「小早川君、君の取引先、危ないのか?」と融資課の中田が心配して、恐る恐る話しかけてきた。中田は背が低く、頭が剥げていて、眼鏡をかけており、物知り博士みたいな顔をしていた。
「中田さん。たとえ話ですよ。武田君がある約束をしたのでそれを約束手形にたとえただけですよ」と小早川が説明した。
「ああ、びっくりした。なんかよく分かんないけど、武田君、大変だけど頑張ってね」と中田は武田を励ました。

武田は午後から仕事に戻ると、営業フロアーは客もなく、電話もあまりかかってこず、
店内は静かであった。
午後2時頃、武藤が店に戻り、武田に届け物があると手紙を手渡した。よく見てみると、宛名は武田、差出人は麻賀であった。
「武田君、東和銀行桑名支店に用事で行った時、ある女性から武田君に手紙を渡してほしいと頼まれたよ」と武藤は武田に言い、手紙を手渡した。武田はまさか当日に麻賀から返事が来るとは予想しておらず、とても驚いた。そして、武田が麻賀からの手紙の封を開けようとした瞬間、「武田さん。その封筒開封してはだめですよ」と天から女性の声が聞こえてきた。武田は我に返ると「武田君、その封筒、松平支店長宛ですよ。開けたらだめですよ!」山中が注意したのであった。武田は昨日、夜の飲み会、その後、自宅で麻賀の手紙の中身の確認でかなり遅くまで起きていて、あまり寝ておらず、半分、意識もうろうとしており、幻覚症状を起こし、松平支店長宛の手紙を麻賀からの手紙と勘違いしたのであった。

翌4月27日(金)武田は、今井とともに桑名手形交換所に出かけた。武田は麻賀と会うのにとても緊張していた。

つづく

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