公開から、一カ月以上が過ぎて、今更感が覆っていますが。
そんなムードを建前に、触れないで済ませる訳にもいかず。本作を含めて、80年代から、10年の区切りで、それぞれオスカー監督賞にノミニーされたスピルバーグ監督の栄光に包まれた作品歴と共に、映画を見て来た身としては、拙いリスペクトを持ってしても本作に触れないと、ただ、のほほんと映画を追いかけて来た自分をも軽んじてしまうに等しいものというものだ。
文章の立ち上げとしては、大袈裟になったけれど、己を覆いつくす怠惰を追い払うためのタテマエを掲げた次第。ともかく、80年代は、かの「ET」の大ヒットもあって、良くも悪くも「童心的」とレッテルされていたのが、「シンドラーのリスト」での賞獲得からは、映画興行への影響力と共に、作品を介したメッセージの発信者としての立場も相まって、今なお最前線に君臨する現役監督として送り出す映像は、ストーリーテリングの雄弁さに、映像の作り込みの完成度は揺るぎなく、一級品である事は、間違いありません。
誰もがデジタルディバイスを手に、高画質な映像を手軽に撮れる時代となりました。手短にインパクトを与えてくれるものが求められる世の流れにあって、一時的に感情を揺さぶる類のではなく、演者、クリエイターらの技量を統合して、第一人者ならではの見識と創造性が高い惹き付けて、見つめ続けるうちに物語やテーマを思い起こさせる映像の送り手は、今後、希少な存在になるのも危惧されるけど。でも、スピルバーグ監督も、撮影所とか徒弟制の下でスキルを身に付けたのではなくて、今の人には判らない、家庭用の8mmフィルム撮影機による独学がスタートだったから、そんな不安視はとり越し苦労であれば良いけど。。
多くの作り手が、自身の創造性の発揮の場を確保するのに、配信ポータルの庇護の元に走る中、純粋な映画作品を送り出せる地位にあるスピルバーグ監督ですが。そこに至る道のりのまだ、発端の頃の作品「インディージョーンズ 魔宮の伝説」の冒頭つかみのシーンで、現監督夫人のケイト・キャプショーをメインに、上海のクラブで繰り広げるショーを見せるのだけど、私じゃなくても、いつか全編こんな、きらびやかなレヴューで埋め尽くされた、スピルバーグ作品を見てみたいと、発想した事でしょう。
本作の製作を聴いた時は、あの時から経った月日の長さを思ったものですが。その間に、自分の予習に割く事もできたのに、結局、ぶっつけ本番。61年の映画はともかく、大元の舞台劇の巨匠大願の翻案映像化。使われる作詞と音楽は、まったく、そのままの使用。冒頭の、廃墟の建物をてっぺんに吊り下げられた鉄球ごと上下に移動する俯瞰映像、手前に見えた、折曲がった手すりが、恋する二人がこの後互いの気持ちを確認し合うバルコニーのもので「回想」からの始まりかと、一瞬、勘違いしそうだったけれど。
また、対立する二つのグループが、決闘の場に夜中、忍び入って来るところを俯瞰で捉えた映像も演者を横からしか見留られない舞台では出来ない表現。そして、大都会、開発によって追い立てられた、移民民族若者同士の対立の構造。あくまで原案に沿った、50年代の情景を見せながらも、時を隔てても浮き彫りにされる問題には、現代の目線でも遜色なく、「常態」化している事を、物語を捻じ曲げずに見せる。
61年の映像でも、シャーク団のジョージ・チャキリスさんの、作品の象徴となる、片足上げの留めポーズにある様に、バレエに基づく振付でしたが、本作も、ニューヨークのバレェ団を率いる方によるものでアプローチ自体は踏襲していますが。プエルトリコ系のコミュニティ描写のナンバーにもある通り、男たちを立てるより、引き立てにまわってもらって、移民の地に根を張る女性たちのバイタリティやその姿勢の美しさを、称えるかの振り付けが目に付きました。
その中心に居るオスカーに助演でノミネートされているアニータ役のアリアナ・デボースさんに、必然的に目が行くようになるのですが。数日間の展開の中で、思いもしない帰結の発端となるアニータの苦心は、演技と心情に寄り添った展開で、映像ならではの見せ方。一筋縄ではいかない、「対立」が、根底にあって、容易に解決など付けられる訳は無いのですが、それでも、悲劇に出くわした者たちに、その解決を促す「行動」を示したところに、キャリアを積み上げたうえで取り組んだ、本作に賭けたスピルバーグ監督の執着が見て取れました。
たいへん製作意義が、込められた一級品の映画であるのは、大いに認めるところではありますが。「ロミオとジュリエット」に着想を得たブロードウェイミュージカルであります。お互いの立場を超えて、一目惚れしたカップルが、短いながらも、互いに想いを募らせたパッション、情熱を歌いあげてくれるのも、期待があった訳ですが。
スピルバーグ作品と云えば、作品の面白さとは、麗しさ、美しさで比例しないヒロインの「残念」具合の慣例が、あったりしたのですが。ヒロイン、マリアに扮するレイチェル・セグラーさんが、オーディションの甲斐あってか、赤いルージュも映える、巨匠の作品歴にあっては、悪しきパターンを覆すキャスティングであったのに。それに、相並ぶアンセル・エルゴート君のお陰か、許されぬ恋が、とうとう終わりまで燃え上がらなかった印象が拭えなくて。顔の線の「緩さ」が、オイタをしてブタ箱にブチ込まれた鋭さが無いし。ジェット団、シャーク団の面々に比べると、見ためを凌駕するダンスアピールでも、見劣りがしちゃって。今回は、男優の選択で、監督のいつものクセが出ちゃったような。あくまで、私の見立てですけど。ラブロマンスにまつわる「情熱」には、焚き付けられるものが無かったのは、残念。
ニューヨークの移民コミュニティが舞台のミュージカルという事で、去年の「イン・ザ・ハイツ」が、被りますが。単純に、色恋の歓びを歌い上げるものではないのは、同じだけれど。登場人物に心情移入出来て、ミュージカルとしての盛り上がりが、充分、体感出来ました。
そちらについては、全く、評価があがりませんでしたが、もう少し、スポットライトが当たったらよかったのに。と、巨匠の本願成就を称えるのが、脇道にそれてしまったけれど。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
シネマサンシャイン沼津 シネマ7にて
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