半世紀以上前に出版されて、この間多くのクリエイターの間で映像化を試みられてきた原作が、如何に彼らの「創造欲」を駆り立てたか、最大規模のスクリーンに投影されたビジョンは、スケールはもちろんだが、何光年も隔てた惑星に根付く文明の荘厳さに、そこに息づく生命の暖かみまで、ありありと映し出して。膨大なページ量の中から、イメージを掘り起こそうと傾けた情熱が、余すことなく結実されている。
液晶モニターなぞ無かった、映画全盛期の1950から60年代には、特に多く。今日にあっては、個人的視聴と差別化に、付加価値を付ける意味でも、大画面前提でハナから作成される作品が、全盛期ほどとはいかずとも作られているが、暗闇に身を置いて、気を散らすものを遮断して、目前に映し出される映像に向き合って、持てる「感性」を駆使して、まず自らを作品世界に「浸る」作品のひとつに、本作も、違いありません。ブルース・リー師匠は、「考えるな」と申しますが、それは極端で、感性処理に思考回路を働かせながら、感じろ、いや、感じて頂きたい。
そして、この「DUNE デューン 砂の惑星」は、ガチガチに理論武装されたSF大作に留まらず、遥か光年を隔てた惑星を治めるアトレイデス家の世継ぎである青年ポールの成長譚、隆盛期として、いつの間にか入り込んでいるのです。前述した劇場で見るべき「ビジュアル力」に乗せられて、恐ろしさに荘厳さを秘めた砂の惑星の過酷な環境と、強欲なハルコネン家とアトレイデス家を良く思わない皇帝が屈託して降りかかる修羅場を目前に、ポールに肩入れせずには、居られません。
御承知の通り、メジャースタジオの元で製作した「メッセージ」に「ブレードランナー2049」で実績を重ねていて、作品世界を構築するにあたって、ドゥニ・ビルヌーブ監督の創造面における「総括」力については、不安や疑念を寄せ付けるところなど、微塵も無かったけれど。長年の夢であった古典小説の映像化をものにするのに掛かる莫大なコストの回収には、ビジョンはあくまでも手段として、この強大な敵方が仕掛ける謀略、策略に飲まれながらもポールが「宇宙の盟主」となる過程に共感が得られなければならず、監督の評価を高めた過去作のような、理解者にだけ通じていた作り手の意識の高さが色濃いものから、多くの人の胸を打つような普遍的で、すんなり飲み込ませるだけの「説得力」が、必要なのだけど。
そのポール役に起用されたのが、ティモシー・シャラメさん。これまでの主戦場は、低予算のアートフィルム、ローコストの小品が多く、その愛好者の方々には、その実力は評価されているけれど。巨大な製作費がつぎ込まれ、英雄の成長記、サーガという事で、コスチュームプレイであり、これまで披露する事のなかった殺陣の振り付け、アクションのコレオグラフまであって。人物の内面を、これまでにない見せ方で披露しなければならず、新しいジャンルへ踏み込む期待の裏には、不安も張り付いて来たりしましたが。
ポールの人物背景には、単なる領家の御曹司に留まらず。その母ジェシカは、何世代にも渡って権力者の婚姻に介在する女性だけの集団の一員で、特別な遺伝子を備えた女性の世継ぎ・救世主を産む事を命ぜられていたのだが、その決まりに反し、人徳者であるアトレイデス家のレト公爵の世継ぎとしての出自がある。相手の内に「声」を響かせて、その人を操る特異能力の修行をジェシカから密かに受けるのと併行して、ポールには、「夢」として先々に待ち受ける瞬間のイメージに、夜な夜な取り付かれて。そんな、予知に現れるのは、砂の惑星の原住民フレーメンのチャニと云う女性であった。
領主家の嫡子としての宿命は勿論、常人には無い自身の才能の自覚と、父の統治者としての薫陶と母が置かれた立場への憂慮に心砕きつつも、予知能力故に、来たる未来に立つ指導者としての自身の姿に、不安を募らせるポール。しかしながら、アトレイデス家への謀略は、それを待つ寛容さなぞある訳が無く、突如現れた蟻地獄の如く、若い次の領主の足元を掬ってゆく。
過去2作のドゥニ作品の傾向同様、背景、調度品や宇宙船は角が立った如何にも攻撃的な造形でなく、宇宙空間や惑星環境に対しては調和と威厳を示す如く、巨大で丸味を帯びて。室内調度は、静寂と抑制を示すかのように、抑えた色調と直線が取り入れられて。なので、ポールが着用するコスチュームも、理に適ったシルエットのもので、決して、演者を悪目立ちさせるものではない。前半、礼服に身を包むシャラメさんは、世継ぎらしい初々しさも醸し出して、大作出演の滑り出しをアシストしてます。
人種も、過去の出演作も、様々な共演者にシャラメさんは、囲まれておりますが。とりわけ、これまでなかったアクション畑の出演者、ジェイソン・モモアさん扮するダンカンとは、固唾を飲む展開の中、ポールは勿論見る者も捉える見せ場があって。ダンカンは、アトレイデス家の屈強な猛者で、武術師範であると共に、ポールにとっては兄に等しい存在であるのだけれど、自分に無い強さに憧憬の眼差しを向けるシャラメさんというのも、これまでなかったし、これまで見た事なかったジェイソンさんも、繊細な主役との対比で、懐の深さと頼もしさに触れられて。互いに、違う一面を見せたのではないでしょうか。
他にも、ジェシカ役のレベッカ・ファーガソンさんと、シャラメさんの単なる母と息子の繋がりを超えた関係性も良かったけれど、字数を喰ったので挙げるに留めます。チャニ役のゼンティアさんは、予知能力のビジョンの中で、大画面のアップでのシャラメさんとのお顔の触れ合いで、生気に満ちた肉感がこぼれるのに意表を突かれましたが。チャニとは、期待される次の舞台での展開に期待しましょう。
ポール自身は、寛大な父を手本として、いずれ治めなくてはならないと理解しても、迷いが強かった。策略に陥り、追われる中、領主として手を下さねば、民を統率出来ない局面に対峙し、自身の壁を乗り越えて行く。半世紀前のバイブルが、本作の映像化まで如何に影響を与えて来たかを、あらためて示すと共に、母ジェシカや、彼女の属する教団の教母に、帝国に属する砂の惑星出身の研究者に、チャニはじめ、惑星の原住民等、際立つ女性像。2時間半の長尺の中、ポールを取り巻く人物配置に、砂漠という荒涼の自然風景の中、畏怖の象徴である巨大な「砂虫」といった、大作に相応しい、ドラマ構成とスペクタクル感とスピリチュアルな精神性も映像に籠めて、ドゥニ監督の三段跳び最後の跳躍での、期待を上回る飛躍を見せると共に、主役を張ったシャラメ君も、本作のポールの様に、次に続く扉を開いて、両者とも、この大きな賭けに打って出た甲斐が、あったのは間違いありません。
世界的な感染によって、繋がりを断たれて、個人が己と向き合わざるを得なかった状況にあって、本作のアトレイデス家の後継者が、謀略で孤立して、望まぬ盟主としての能力宿命を背負わされ葛藤しながらも道を開き、光明を指し示して共感をもたらす。この「物語(サーガ)」は、大いなる求心力を持って、見る者を惹き付けるだろう。
拙文にお付き合い頂き、有難う御座います。
10/15、10/30シネマサンシャインららぽーと沼津 IMAXシアター
ログインしてコメントを確認・投稿する