なんぞやの理屈ができると
なんとなく社会にも応用したくなるものだw
かたやミエリンの発達がイマイチで
そんなに言語を使えなかった人たちがいた時代というのは
あっても不思議じゃない
旧約聖書のアダムとイブはそんな人なのかもしれない
以前は人間は誰しも幸せに暮らしてたとかいう神話も世界各地にあるし
脳の神経の一部を事故で切除した人が
えも言われぬ多幸感と周辺環境との一体感に恍惚となる話はある
そんな人たちに 文字まで進んだ人があったなら
裸で生きるその人たちに太古の幸せを見ただろう
しかし そんな人も長くは続かず
いずれ他の言語を使う人たちと同じように生活したことだろう
これがキリスト教で言うところの原罪だ
ただ 人間が急激に言語を習得したと同じ時期に
火山の噴火等で急激に気温が下がり
その時点で言語を使える人が偶然生き残り
その人たちが出アフリカをした可能性はある
いく先々で少数の言語を使わない人たちと出会い
滅んでいく彼らを見て 知恵の実を食べてよかったと思ったかもしれない
話は変わるが
中世が続いて そのあと産業革命が起きたことも
この閾値で説明がつくだろう
実際には産業革命に必要な知識は
実際の産業革命のずっと以前に出来上がっていたのだ
しかし いわばオーバーランして過冷却のような時代にやっと
一気に広がっていったということが言える
現在のIT革命などもそうだ
すでに内在していたものが
何らかの触媒行為によって
一気に増えるためには 閾値を超えた世界が必要なのだろう
まー 先のことはどうなるかわからない
新しい環境が人間にとっていいかどうかも含めてw
おれの生きてる間にくるかどうかもわからない
どうなることやらw
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