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2020年05月31日20:49

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大河ドラマ 麒麟がくる 第20回「家康への文」

・駿府では駒が商人から薬を買おうとするが、戦がちかくなり品薄状態と商人は話す。

・明智光秀は越前の称念寺にて子供たちに学業を教える。明智家は貧しく、明智左馬助に食べさせる米がないため、駒から送ってもらった薬草を質の入れることを煕子は光秀に提案する。

・明智光秀は尾張から戻った明智左馬助から、今川義元が三河武士を先陣として近いうちに尾張に攻め込む話を聞く。光秀は左馬助に帰蝶に会いに再び尾張に行くように頼む。

・駿河の今川義元は攻め落とした大高城、鳴海城を足掛かりに義元自ら尾張に攻め込むことを決める。

・望月東庵と松平元康が将棋をする。今回は元康が勝った。そこへ、元康の叔母の源庵尼が来て、元康は戦にでて先方を任されることを東庵に話す。

・駒はなんでも聞く薬のことを松平元康に話す。その薬を飲むと戦にいったものは必ず生きて戻ってくるという。元康は駒の薬のことを信じて、必ず生きて戻ることを願う。

・今川義元と望月東庵が面談。義元は松平元康が三河に攻め込んだ時、尾張に寝返ることはないか東庵に問う。東庵は元康は表裏のない人柄であり、今川を裏切ることはないと念を押す。

・永禄3年(1560年)5月、今川義元は2万5千の兵を従え、尾張に攻め込む。一方、清州城の織田信長は軍議の中、抜け出し、帰蝶に会い、帰蝶は信長に松平元康の母 於大に会うために熱田宮に行くことを進める。信長は帰蝶の提案を承知する。

・越前では、明智光秀が朝倉家に仕官するために、朝倉義景の家臣に光秀の鉄砲を腕前を見せる。家臣は光秀を仕官させることを義景に頼むことを約束する。しかし数日後、光秀は義景に面会するが、義景は京の公家の蹴鞠に夢中になり、光秀と会おうとしない。光秀はこの光景をみて、義景に仕える気が失せる。

・熱田宮で織田信長、帰蝶は、水野信元、於大と対面。於大は松平元康を子として想う手紙をしたためてきたことを信長に報告する。信元は信長にもし元康が今川から離反した場合は、元康に三河を治めさせ、三河ものは三河に戻すことを約束させた後、於大の手紙を元康に届けるよう菊丸にその手紙を渡す。

・1560年5月16日、今川義元は岡崎城に入城。一方、松平元康は大高城へ。そして
、於大の手紙を持った菊丸が元康と対面する。元康は母 於大からの手紙を読み涙を流す。菊丸は元康に三河の民のために今川を討ってほしいと頼む。

・清須城の織田信長は、家臣に今川義元が岡崎城から大高城までどの路を通るか尋ねる。家臣は桶狭間と答える。

(感想)
・越前の明智光秀、生活が苦しいため朝倉家に仕官しようとしたのでしょうか。義景が蹴鞠にうつつを抜かす様子をみて、朝倉家にがっかりしたシーン印象に残りました。

・知らない間に光秀の子が生まれていました。かなり大きくなった様子。のちのたまでしょうか。

・駒の髪型が変わった気がしました。だんだん大人になったように思えました。

・織田信長が帰蝶に松平元康の於大を説得する案を入れ知恵したのは、やはり明智光秀と言いたかったのでしょうね。

・今回は桶狭間の戦いの始まる前の様子が細かく描かれていてよかったです。信長が大高城に入った松平元康が於大の手紙により、今川義元から離反するよう説得したのは事実なのでしょうか。結論的には義元が桶狭間で撃ちとられたあと、元康は岡崎城を乗っ取りましたが。
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