聖徳太子をどう呼ぶかとか
彼が実在したのか
なーんてのは歴史の枝葉であって
そんなもんは限りなくどうでもいい
それらは趣味の問題でしかない
歴史で重要なのは
その時代に何を食い
どの程度の食糧が生産され
社会的な資本がどの程度蓄積され
その時代の気温や湿度
あるいは自然災害の影響や
それに対応する人間の技術が如何様であったか
どんな宗教的エトスがあったか
文字や文化的な概念がどの程度認識されていたか
そんな部分だ
聖徳太子なんぞいてもいなくても歴史そのものには何の影響もない
徳川家康がいようがいまいが
織田信長がいようがいまいが
坂本龍馬がいようがいまいが
伊藤博文がいようがいまいが
そんなことは歴史の中の趣味の部分であるか
もしくは 上述したような状況を補足する資料に過ぎない
歴史に英雄偉人は関係ないのだ
言い換えれば
歴史は人間が作るものではない
状況の偶然が作り上げるものであって
偶然そこに存在した人間が
その主要なパートについたという事以上でも以下でもない
だから学校では
江戸時代通してのイネの品種とか
室町時代の気温とか
縄文時代の自然災害とか
奈良時代の開墾と治水の関係とか
芋の栽培の普及度とか
飢餓の時の様子とか
識字率の変遷とか
宗教史とか
そういう事を積極的に教えるべきなのに
歴史の授業は英雄史観のままだ
歴史の趣味の部分をエンターテイメントとして知るのは問題ないが
そんな部分を学校で手取り足取り教える必要など全くない
個人で勝手にやってりゃいいんだw
これ 実は福沢諭吉のせいらしいw
ホイッグ史観を日本に持ち込み
わかりやすく英雄譚に変えて日本の歴史を教え込もうとしたのは
明治の元勲が中心となって始めたことだ
日本の歴史教育は 戦前の神話を教えている時と
原理的には寸分違わない
ヤマトタケルが織田信長や坂本龍馬に変わっているだけで
構造としては同じ英雄譚教育のままだ
いつになったら真っ当に教えるんだろうか
小中高の全く無駄な歴史教育に費やされた時間を取り戻したいもんだw
■なぜ歴史教科書に最新研究が反映されないのか?
(AERA dot. - 07月09日 11:32)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=4659353
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