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2014年04月12日00:50

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彼女を落とせ 蜘蛛のように11章(2)

「うわああああああぁぁっぁぁあぁ!」

 自分の叫び声で目が覚めた。 

 ここはどこだ! 一瞬パニクってしまったがすぐに落ち着いた。

 そうか……ここは俺の部屋か。

 充電ケーブルに繋ぎっぱなしの携帯を見ると時刻は4時を少しだけ過ぎていた。

 果たして午前なのか午後なのかどっちだろう?

 閉め切ったカーテンの隙間から洩れる光を見てもどちらなのかはわからない。

 舌打ちをして携帯電話を絨毯の上に投げ捨てる。 

 あの大隈から真実を聞いた日からずっと夢を見る。 

 内容はたまに変わるが、いつだって終わりはあの最後だ。  

 果たしてあれは現実に起こったことなんだろうか?

 それとも俺が過去を再構築して作り上げた代物なのか……どちらだろうと悪夢であることには変わらないがな。

 ふと携帯電話が震えて液晶に『メール受信 一通』と表示された。 

 どうやら夕方の方だったようだ。

 何気なしに確認してみると東田からで、内容もここ数日と変わらない。

 学校であったことと部活動の進捗に細々とした報告。

 そして最後にはお決まりの学校に来るのを待ってると言う文面で締められている。

 ここ一週間まるで義務のように送られてくるそのメールに辟易しながら受信画面を閉じた。

 俺が優香と同じように学校を休むようになってからずっとだ。

 初日だけはメールも連絡も来なかった。

 二日目以降からは電話とメールがきまくった。 

 そしてそれらを無視していたら四日目からはメールだけになった。

 まったく飽きもせず毎日毎日ご苦労なやつだ。

 心の中で毒づく。 

 大隈からは連絡は一度も無い。

 東田からのメールには大隈先生もお前を心配しているという文面はあったが、果たしてどうなんだろうか? 

いずれにしてもどうでもいいことだ。

 いっそのことうざったいから電源を切ってやろうかとも考えたが、それは出来なかった。

 メールの受信画面を再度開き、ここ数日で埋められた『東田』の名前を消すように画面をスクロールしていくと『瀬能 優香』という名前がやっと出てきた。

 受信日時は今から三日前、深夜の二時だ。
 
 文面は『恭君は……』だけだ。 

 この後に続く言葉はなんだろうか?

 俺には想像できないし、しようとすることすらできない。

 ひどい罪悪感と自己嫌悪によって胃酸の逆流と痛みに無理やり思考を遮られるからだ。

 優香からのメールは少なかった。

 初日は病気になったのかと心配する内容だった。    

俺はそれを無視した。

 二日目からは病気が深刻なのかと言う質問だった。

   俺はそれを無視した。

 三日目は病気以外の理由で心配するような中身だった。

 俺はそれを無視した。

 そして四日目の朝に受信したメールは自分も体調が悪いというメールだった。

  残念ながらそれも俺は無視した。

 そして最終メール。

 先ほど言ったメールの受信を最後に優香からの連絡は途絶える。

 ここまでお互いに連絡を取らなかった日は俺が優香を陥れてから初めてだ。

 彼女からのメールが来るたびに返事をどう返そうかと悩んだ。

 しかしどう返せば良いのかわからない。

 彼女と『恋人』になってから常についていた嘘のように返すことも出来なかったし、理由をつけてしばらくメールが出来ないという誤魔化しもすることが出来ずにいた。

 そして一番最悪である『返信をしない』という選択を俺は選び続けている。

 優香の声を聞きたい。

 彼女が体調を崩していないか心配だ。

 彼女が俺のこの『選択』によって心を切り刻まれているかもしれないということも想像できる。

 だが俺は返事を返すことが出来ない。

 ただただ優香から逃げている。

 それによってますます自己嫌悪と罪悪感が心を蝕んでいき、ますますそれが出来ない。

 堂々巡りどころでは無い。

 必死で築き上げた階段を俺はいま自らの意思で壊そうとしている。
 
 いやすでにもう壊れているのかもしれない。 

 その『想像』をしてますます『胃の空洞化』とキリキリと刻まれる『痛み』が加速される。

 いっそのこと死んだほうがいいか? 

 その『決断』も幾度となく繰り返したが、携帯の『電源を切る』ことが出来ないように未練がましく優香からの連絡を諦めることが出来ない。
 
 だが連絡がきたところでどうするのか?

 それすら決められずに築き上げた砂上の楼閣が崩れるのをグズグズと見ているだけだ。
 
 誰か俺を殺してくれないだろうか?

 そんなくだらないことを想像しながら天井を見上げる。

 その瞬間、暗くなった部屋の天井に光が照らされた。

 メールの受信だ! 

 ここ数日の『絶食』によって衰えた身体を俊敏に動かして携帯を手に取る。

 東田からのメールはいつも先ほどの定期連絡だけ。

 そしてそれは部活前に一度送ってくるだけだ。

 それ以外に俺の携帯に連絡する人間はいない。

 唯一人を除いて!

 体重とは反比例するように重くなる指先を動かしながら受信画面を開く。

 だがそこに照らされた送信者名は『東田』と描かれている。

 『状況』と『自分自身』への失望に打ちひがされて意識が遠くなりかけるが、文面に一瞬だけ見えた瀬能さんという単語に反応してもう一度画面を見る。

『件名 決断した。

 とうとう来週には瀬能さんの主役降板と退部が決定される。 大隈先生は渋ってはいたけど、俺以外の部員全員に言われたので認めようとしたところで俺が反対して待ってもらった。 お前に対するケジメとして一週間待ったけれどもう決断した。俺にとって主役は彼女以外に有り得ないし、それが叶わないなら俺も部活を辞めることにした。 今から彼女に連絡する。 お前には最後のケジメとしてこのメールを打った。 俺は今度こそ彼女を救ってみせる。』 
 
 もはや絶望すらしない。 むしろそれを俺は望む。

 所詮、俺には優香を助けることが出来ないのだ。

 地を這う蜘蛛と自称してみたところでそれすら偽者だった。

 俺は蜘蛛ですらない。 存在することすら認識されない『何か』だったんだ。

 だから俺が優香と一緒に居られる理由も無い。

 きっと東田は優香を救うだろう。

 まるで決められた物語のように、皆が望む結末のように……。

 そうだ……あの演劇の主役の二人のように。 

 俺は決められたあらすじを構成するために存在する脇役のように……。

 誰も『その他大勢』と結ばれる結末など求めていない。
 
 いやそれすらおこがましい。 
 
 俺はいない。 存在すらしていない。

 『その他大勢』ですらない。

 想像上の空想物ですらないのだ。 

 だからせめて美しい物語のような結末を見てみたい。

 たとえ俺がそれに登場しなくても、誰かの脳内で描かれずに消えていく小説の登場人物だとしても俺はそれを見てみたい。
 
 もうそれしか望まない。 

 俺は優香が救われるのを見てみたい。

 あのスポットライトの下でキラキラと輝く蝶のような彼女を……。

 物語の主役である彼女の姿を。

 苦しむ彼女を見たなら誰もが幸福な終わりを見たいと思うのが当然なはずだ。

 だからこの物語の結末では『ヒロイン』は必ず救われる……『主役』によって。

 そのはずだ。 きっとそのはずだ。 絶対に……絶対にそのはずだ。 



『もう限界だ。ここで『俺』は終わる。近藤恭介という主観を通した蝶を縛り付ける毒蜘蛛の話はここで終わりを迎える。 唐突にやってくる死のように終焉を迎える。 これを読んでいる君たち全員に送ろう。 誰もがが望んでいてもいなくても死はいつだってこちらの都合を考えずにやってきて『現実』は終わりを迎えるものだ。 たとえそれが人生の途中だとしても……だ。          未完。 』

      

      


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