俺は誰も居ない教室の片隅に立ち、窓から外を見ていた。
外はまるで洗い流すかのような大雨で、たまに思い出したように雷が遠くの空でピカピカ光っている。
数日前のことを思い出して、ぎゅっと胸を押さえる。
あの十分に用意された公開処刑の場で優香が見せた表情が、涙が思い出され、
そしてそれらが自業自得ではある俺の心に傷を負わせ続けていく。
あの時俺は恐怖と救いを求めるようにこちらを見た彼女に駆け寄るべきだったんじゃないだろうか?
あの恐ろしい絶望と理不尽に襲い掛かられ、誰も助けてくれない孤独に退路を断たれた彼女の側に立って恥じも外聞も無くただただ優香を抱きしめてあの悪意の矢面に立ち、手を取って自分がいるよと言えば……あるいは……。
そこまで考えたところで首を振った。
そんなことは出来なかった。 確かにあの場で彼女の手を取って件の先輩である女生徒を喝破してその場から立ち去ることは出来ただろう。 そしてそれが優香にとっての救いであることも確かだ。
それでも……ああそれでも……! それは優香の幸せであって俺の幸せではない。
俺の幸せは優香が自分自身の価値に気づかず、俺を、どうしようもなく駄目な俺を唯一の人間として俺以外に惹かれず、媚びず、心を開かないで一緒に過ごすことなのだ。
そう、あの追及の場で優香を助けることは彼女にとってのナンバー1の幸せかもしれないが俺にとってのナンバー1の幸せじゃないのだから。
ダカラアエテカノジョヲタスケナカッタ
俺の一番の幸せを持って優香にはオンリー1の幸せ(それ以外の選択肢を与えない、考えないようにして)を甘受してもらいたかった。
そしてそんなエゴ丸出しの自分自身の所業を反省はしても後悔はせずにまるで自己満足のようにあの時の情景を思い浮かべながら一人俺はこうやって傷ついているのである。
それは何の意味も無い、ただの欺瞞であるけれど、そうやって少しでも自分自身に罰を(この場合は果たして罰になるかはわからないが)与えつづけるんだ。 優香が立ち直って学校にやってくるようになるまでは……。
大きな光と同時に雷鳴が耳をつんざく。 まるで世界が光で包まれたような錯覚に陥るほどに視界が白く包まれた。
ああ大分近くに落ちたな。 無関心にそう呟く。
「雷雲が大分近づいてきたわね」
振り向くとピンク色のカーディガンを着て髪を後ろに縛った眼鏡の女性が俺に話しかけていた。
「ああ大隅先生、こんにちわ」
「ええこんにちわ……ええと近藤……君、だったかしら?」
自信なさ気に問いかけてくるその答えに俺は少し口角を上げて、
「ええ、そうです……近藤です。どうしたんですか?こんなところで」
精一杯の笑顔を向ける。
「部活の連絡があるから貴方を探しに来たのよ、一応全員そろってからじゃないと話できないですからね、一応副とはいえ顧問ですから」
そういってぎこちなく笑う。
今年新任として赴任してきた大隅先生は演劇部の副顧問として五月に任命された。 本来の正顧問は授業の担当もあり、また増えすぎた演劇部を一人でまわすことは大変だと校長に直訴してまだ担当教科の無い彼女を副顧問にねじ込んだらしい。
真面目でおっとりとしているが、言い回しが上手く、やや不良の生徒でさえ彼女の言うことは聞くらしく、生徒間の評判では話もわかり人柄も良いので人気は高いようだ。
「ああ、すいませんちょっと小道具の調整をしていまして……」
「そうなの、それは悪いことをしてしまったわ。ただ噓はいけませんね。先生は数分前から近藤君のことを見ていましたけどずっと屋外観察をしていましたよ」
「いえ、屋外観察をしながらどういう風に調整するかを考えていたのです」
大真面目に冗談を言う俺に先生は一瞬呆気に取られたような表情をしてからニッコリと笑い、
「そうですか……それでは歩きながらも話を聞きながらも調整出来るでしょうから先生と一緒に体育館に行きましょう。まさか雷鳴轟くなかでも調整できる貴方がそれが出来ないわけはないでしょう?」
小首を傾げて問いかけるその仕草に少し笑ってしまいそうになりながら俺はコクリと頷いて先生と一緒に演劇練習している体育館に向かう。
「そうそう、先生……近藤君に聞きたいことがあったのですけど」
「……はい、何でしょうか?」
ここから体育館まではざっと五、六分かかるだろう。 あまり人と話をするのは苦手なのだけれどそれくらいなら何とか耐えることが出来るだろうから適当に相手するとしよう。
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