外伝5最終章。風邪をひいたおかげで愛用のカシオペアとザウルスを寝床に持ち込んでの執筆・アップとあいなりました。
どんな形であれ、まとまった時間が取れることの威力を感じました。
そんなことで、暇にあかせて書きあがったものをつらつら読み返してみると、結局この外伝5、村と魔の森の狭間で起きたことを書いたものになったように思えたので表題を「狭間の沼地にて」と変更しました。混乱させてしまい申し訳ありません。
そして病気のせいか暇なせいか、無謀なアイデアが浮かびましたので。
映画の予告編は大昔からありますが、最近はマンガの単行本の後ろにも見開き2ページ位の予告編がついていますね。でも、お話の予告編ってあんまり見たことがありません。映像や絵じゃないんですから当然な気もしますが、この際お詫びのしるしに、この外伝5の直接の続きとなる外伝7の予告編なぞ戯れに書いてみようかなと……。
というわけで、以下にブチ切れの断片なぞ3つ。お目汚し申し訳ありません。しかも執筆はどうしても6より後になりますから、う〜んと先になります(でもこの話、外伝1を書いているうちにアイデアが出てきたものなので、プロットは完全に固まっていますが)
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「私は何度もおまえの記憶を消した」
緑の闇にも染まることのない雪白の髪を背に流した黒衣の乙女の言葉を、静かな低い声を闇姫と呼ばれし上古の乙女はうつむいたまま聞いていた。
「けれどおまえはそのたびに、この森のはずれで陽光を浴びながら歩いたことを、小さな一輪の花をよすがに思い出した。それがこの森との思い出にまつわるものだったから。おそらくおまえが人間だったときから森の加護を受けていたゆえに。そしておまえはそのたびに、自分は誰だったのか、何者だったのかとの答えの得られぬ問いに呪縛され、ただ煩悶に陥るばかりだった。
だから私は諦めた。この森の加護の力ゆえに私の力は完全な効果を発揮できず、完全な忘却を、安らぎをおまえに与えることはできないと悟ったから。けれど」
ゆっくりと上をむく怯えたような緑の瞳を、清水の満ちた深淵のような碧い瞳が迎えた。
「あの若者、ミランの記憶は森にまつわるものではない。だからいま記憶を消せば、もう彼のことを思い出すことはないはずよ。おまえがそれを望むなら……」
それを聞いて、上古の乙女は目を閉じた。だが、そのまぶたは微かな震えを隠せずにいた。
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長い、複雑な呪文を一心に詠唱する赤毛の若者を背後に庇い、ボルドフは闇姫の爪の一撃を盾で受けた。しゃにむに押してくる人間離れした凄まじい力をかろうじて持ちこたえることができたのは、長く魔物と戦い続けた経験がもたらす力の微妙な受け流しの技あってのことだった。
しかし人外の美姫の膂力は凄まじく、盾ごとボルドフの巨体をじりじりと押し始めた。たまらず繰り出したけん制の剣を左手の鋼のような爪で鷲掴みすると、攻撃本能に呑まれた丈高き乙女は巨漢の両腕を掴んだ盾と剣ごとぎりぎりと開きはじめた。壮年の戦士のぶ厚い筋肉が全力で持ちこたえようとしたが、純粋な力の勝負になっては勝ち目などなく、丸太のような腕が痙攣しつつも引き剥がされはじめた。
そのとき、一本の矢が妖姫の背から胸へと突き抜けた。
「やはりそれが本性かっ!」
憎々しげに言い放つ荒んだ青年に向いた血色の瞳には、しかし激しい飢えだけが荒れ狂っていた。妖女はボルドフを突き放し、そのままバドルめがけて走った。突き飛ばされたボルドフの巨躯がアラードに激突し、破邪の呪文が途切れた。
続けざまに打ち込まれる矢にもひるまず、闇姫はバドルとの距離を一気につめた。鋭い爪が、細い牙が黒髪の青年の体を同時に穿とうとした。
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「そなたは覚えているだろう? ラルダの牙を受けたリアが発見されたときのことを、あの集会所でのできごとを」
登り行く大きな月に向いた短躯の司教の姿は、冴え冴えとした月の光の中に黒いシルエットを浮かび上がらせていた。その背を食い入るように見つめるアラードの耳に、再びグロスの言葉が聞こえた。
「あのときリアを殺そうとした我らにそなたは食ってかかった。なにもせずにリアを見殺しにするのか。リアが転化を遂げる前に吸血鬼を倒せば助けられるはずではないかとな」
それは忘れられるはずなどないものだった。だからアラードは師がいわんとすることをとっくに察していた。背筋を冷たい汗が伝い落ちた。
「私はそなたにこういった。あくまで噂だ、確かめた者はおらんと。これまで犠牲者が転化するより早く吸血鬼を倒せた例などなかったとな。そしてそなたたちの努力も空しく、リアもラルダの滅びの前に転化を遂げてしまった。だからどちらが正しいのかはわからないままだった。だが」
息をつめて立ち尽くす赤毛の弟子に、ふさぐことなどできない耳に師の言葉が、どこまでも穏やかな声が届いた。
「アラード、私たちは答えに辿り着いたのだよ」
そして、師父の短躯がゆっくりと向き直った。
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