甲乙丙丁戊己庚辛壬癸:こうおつへいていぼきこうしんじんき
きのえ、きのと、ひのえ、ひのと、つちのえ、つちのと、かのえ、かのと、みずのえ、みずのと
人の心の奥には、昔から神が居たわけではなかったと思う。
そもそも、自然のもたらす天地異変や風雨、地震、雷を、人間は怖れていて、その猛威は、まさに神の成せる業であって、不思議や魔力の塊だったのでしょう。うっかりして他人や自分を裏切ると必ず神に戒められたりしますし。
だから、そのことで人は自分に嘘をつくことができなくなってくるわけです。
昔から、太陽には神が宿ったし、森にも田畑にも、木にも水にも、それぞれの神様が居ました。
それは、そのような災害のこともあったし、自分たちの毎日が不思議でいっぱいだったから、神様を信じざるを得なかったのでしょう。
命とは何かさえわからない大昔の話ですから。
だから、ヒトは神に畏敬の念を抱いていました。自分が世界で一番だなど微塵も思っていなかったのです。
「どんど」という風習は、歴史的にそのような信仰の過程で発生してきたのでしょうね。「どんど」に限らず、人は神様に監視されて、性善説を築いてきたのだとも思います。
お守りを燃やして始末したり、お正月の捧げものを始末すること、神からの預かり物を始末することは大変なことです。罰が当たったりしますからね。だから、神の前で自らをさらけ出して、誠を見せねばならなかった。
子どものころは、年末で大掃除をしてスス払いをした竹の笹を「どんど」で燃やした。親から子どもに受継いでゆく大事な心です。行事ですけど、それは心ですよね。モノの捉え方です。見つめる目。
お守りも燃やした。内緒で都合の悪いものも燃やした。そしてその火でお餅も焼いて、子どもたちは喜んで食べた。
科学技術が進化する。科学(理学)よりも技術(工学)が威張っているように思えてならない。
過程よりも結果の時代。
あいまいな心や技よりも、数値化された成果。
一生懸命よりも、金。
誠実な会社よりも利益の出る会社。
このままでは、ダメになっていってしまう。
「どんど」の行事が少なくなっていくということは、人々の心が嘘つきになっていくことのような気がしてならない。
ブッシュも安倍も自民党も経団連も経済学という学問も。みんな燃やしてしまえるといいのに。
ログインしてコメントを確認・投稿する