1979年1月25日に連載が開始されたという。つまりそのころに大岡信さんと出会ったことになる。当時学生だった私は、電磁気学や解析学などと格闘していたはずだ。新聞記事の一角にあったこのコラムを何故に読もうという気になったのかはまったく不明であるが、
コミュであなたの本棚はどんなかんじか、っていうトピックが立ったので、自分の本棚を見渡してみた。直行で仕事に行くために職場のカメラを持って帰っていたので撮ってみた。汚いなあ。ポリシーなしだ。作家順とかジャンル別とかそんなことは考えたことがあり
きょうは、奈良県の山の中に蕎麦を食いに行きました。蕎麦屋は、「笠そば」といいます。http://www2.mahoroba.ne.jp/~kasaso...奈良県桜井市ですが、長谷寺の北方面のスゴイ山の中です。念願の場所でした。美味い!安い!走って行って楽しい!寒い!荒神蕎麦(
これといって日記もないのですが、ときどき足跡を付けてくださる方もありまして、、、。そんな方々に読んでいただけるようなものは何もありませんのが申し訳ないです。久しぶりに「ひろちゃん」書きます。 ┌ ┌ ┌ 卒業
今日も京都でホーホケキョ2007/03/21 10:56御所付近で見かけたら、おっす!と声をかけてください。こんな日記を書き残して、昨日は京都に行っておりました。---夕べ、遅くに帰宅してます。鴨川沿いの、TVにもよく出てくるあのあたり。桜並木ですが、まだまだ
94/02/02 に書いた文章です。長いシリーズの一篇です。もう20年以上前に書いたんですから、免じてください。-----私が二十歳の時の新聞記事のことを書きます。70歳を超えた老人の方の投稿でした。“進級試験の結果を見に行く途中で沈丁花の花の匂いを嗅い
春が来た水音の行けるところまで 種田山頭火2月22日にも同じ句を引いて、現在の気持ちで書いている。http://mixi.jp/view_diary.pl?id=354494419&owner_id=288528今日の以下の日記は2年前のものです。進化がないなあ。 ぼそ。(2005/03/12) のメモから-----
大変なことになってしまった(大笑)写真が流出してしまった(私の)。ソルツアンドシュガーズの事務局長が自分の日記に先日のコンサートの一場面の写真をあげているのですが、なんじゃーこりゃー!!!!ってことで。探したりしないように。
啓蟄のころ (2005/03/04) 山頭火のことを書いているメモがあった。そいつを銀マドに載せたのでここに写します。 ※銀マド:銀のマドラーという私のブログ-------------◆ かすんでかさなつて山がふるさと 種田山頭火あすは啓蟄だというのに東京では雪
今朝の新聞(朝日)を開くと、私が以前居た会社が5000人のリストラ…などと書いている。今はもはや人員整理とか早期退職者とかいう表現をとらずに、あからさまに「リストラ」と書いても、世が受け入れる時代になったのかもしれない。私が辞めたときは公表で約1
またまた、久しぶりに東京まで行ってきました。「色々思い出も多くてよろしおすね」とカミさんに言われながらも「ワシは6年間過ごしただけや。思い出などあらへん」・・・・と言い切りたかったが。-----帰りの新幹線が東京駅を出るときにも、まるで子どものよ
私には姉があったというが一年余りで逝ってしまったというし、弟があるだけで女兄弟はいない。したがって、私の母は生涯お雛様を飾ることはない。母は生まれてまもなく父親に死なれて、貧乏な家だったことや終戦ということもあり女学校を中退している。だから
▼人はだらだらというものを好むのかもしれない。私もその一人で、京都・嵯峨野の枯野と愛宕山をその向こうに仰ぐこの別宅で、春のひとときを過ごしている。日記も必然的にだらだらと書くことになる。しかし、読む人(読まされる人)はそんな面白くないものに付
きょうは、其中一人を読む。冬と思われる句は少ないような気がする。実際にどうかはわからないが、山頭火の冬の句はひっそりとして目立たないから、というのも理由のひとつかもしれない。 ・雪へ雪ふるしづけさにをる其中庵にも雪が降るのだろう。比較的暖か