ある学校では、男性教師が15%、女性教師が85%の割合でいる。
あるときに、教師が体罰をしたという事件が起こった。当然、体罰は禁止である。
1人の目撃者の証言によると、体罰をしたのは男性であったという。
ところが、現場が暗かったこともあり、目撃者が男性か女性かの区別がつかないことも多い。
そこでこの目撃者がどれくらい正確かを同様の条件下でテストしたところ、80%の場合は正しく判断できるが、20%の場合は実際と逆に捉えることもあることがわかった。
さて、証言どおり男性教師が体罰を行っていたという確率はどれだけか。
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P 真犯人が男性 = 0,15
P 真犯人が女性 = 0,85
これは事前確率。
ここで
P 証言が「男性」ホンマは「男性」 = 0,8
P 証言が「男性」ホンマは「女性」 = 0,2
という「事後確率」を考えると
分子 = 0,15 × 0,8
分母 = 0,15 × 0,8 + 0,85 × 0,2
ホンマに男性やった確率は
男性であったという全ての確率を考えに入れねばなりませんから
分母に P = 0,15 × 0,8 + 0,85 × 0,2
を持ってこなくてはなりません。
P = 分子 ÷ 分母
= (0,15 × 0,8)÷ ( 0,15 × 0,8 + 0,85 × 0,2)
= 0,41
ふたを開ければ、日常では当たり前の考え方でした。
多くのヒトがこのように考えると思います。
少なくとも理系と言われるヒトの多くは、普段からニュースを見てもゲームを見てもスポーツを見ても、こういう視点でモノを見ていると思います。(無意識でしょうが)
(以下雑言)
でも、最近は、0,8 で止まってしまうヒトが多くなってきたかもしれない。(仮定)
と考えたのだが、考えながらそうでもないかと思い、撃沈状態でした。(笑)
というか
この 0,85 で止まってしまう数少ない人や、それと類似のおバカな知識人たちも、全く同条件で社会の中で同じ重みで発言の自由を行使して喋っているのが、体罰よりも恐い暴力であり暴動に近いのではないかと感じているのだが、その辺はここだけのぼやきです。
別に有名人である橋本さんとかいう人のことでもなく。
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