アラスカに住み自然を見つめ続けた写真家の星野道夫の著作を読むと「自然に対する畏敬」という表現が数々登場する。そこで「畏敬」とは何だろうと考えてみる。
辞書を引けば答えは簡単だが、彼の伝えたかったことや彼の感じていた畏敬がことごとくすべての人々に伝わったならば、私たちが目指している環境創造活動は違った形になっていたかもしれない。
天災か人災か。東日本を襲った大震災の余震は物理的にも精神的にも続いてる。社会までもが揺れ続ける中で3月30日の天声人語(朝日新聞)は「地球や自然への畏敬が足りず」「天災が暴いた人災である」と書いている。
大きな問題を解決しても将来にあるべき私たちの姿が揺らいでいては再び社会は道に迷うことになる。コラムは「電力業界は論敵の視座から出直すしかない」と手厳く締めているが、環境に携わる我々も、エネルギのことを見つめなおし「地球を見つめる視座」が必要なのだろう。
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