mixiユーザー(id:288528)

2006年01月01日10:12

11 view

年の初めに考える─痛み(2)─

◆一九九七年の年末、県立ι病院を父は退院した。しかし、この退院の理由は病気が完治したことではなく、患者に徘徊症状が顕著に表れるために内科として病院が預かるには限界がある、というものであった。

◆当該内科に直接関連しない関係者の常識的推測や病院事情に詳しい人の話を統合し整理すると、その理由はもっと簡潔で我々にもわかりやすいものであった。つまり、徘徊をするため医師が嫌がったようにも見せかけながら、実際のところは看護婦がそのような患者の面倒をみるのを強く拒否したため、主治医であったY医師の口から、自分たちの病院ではなく然るべき(精神科などを備えた)病院に転院をするのが望ましい、と言わせたというのである。まあ、このような経緯で退院となった。

◆Y医師は脳梗塞や脳内出血などで体に障害の残った人のリハビリテーションを専門的に研究し協議する医療研究協議会グループを作り公的に活動している、ということを、後になって私は知った。死後数年経ってしまってからのことで非常に残念だが、もしも、退院理由の事実や真意を即時に知ったとしても打つ手はなかったのかもしれないだろう。

◆ただ、脳内出血が原因で徘徊などの病状がでることがあるらしく、脳のどの部位かに支障をきたして、これが原因で徘徊のような行動が出始めたのならば、この時点からY医師の率いる内科の医師が最後まで責任を持ち、治療を施し、必要に応じて脳神経外科を紹介したり精神科的分野からの治癒も含めて何らかの対応できたのではないか。患者側からはその治療処方についてもっと相談することは可能であったはずである。医師としての常識に欠如はなかったか。然らば私等も患者側も医者を信頼することができるようになる。Y医師は後にこの県立病院の院長にまでなってゆく人である。しかし、今更、彼女に面会を求める理由もない。

◆年末に退院をした父は、病院を転院するための紹介状も書いてもらうことなく家で年を越したが、ある人の計らいで隣の町にあるS病院の精神科のA医師にお世話になれることになった。A医師も、Y医師が参加している協議会グループのメンバーである。転院を受け入れるために最初に診察をして、A医師は「こんなひどい状態になるまで放置して、一体、(医師として)どういう神経をしてるんや」、と怒ったと当事に付き添った者が証言している。A医師は、年始から二十日間ほど非常に多忙にもかかわらず、個人の携帯電話でも病状の相談を受けて患者のことを気に掛けてくださっていた、と聞いた。

◆しかしながら、やっと入院の準備が整いつつあった二十二日に父は入院を目前に逝ってしまった。死を判定してくださったのは最寄の診療所のM医師で、診断書での死因は心不全。脳内出血患者の多くが高血圧を起因とし併発している胃潰瘍の出血も伴っていたという。

◆一九九八年一月二十四日の葬儀には小雪が舞い、木枯らしが吹き荒れた。

◆息が絶える少し前の、平常に対話ができるころのことだと推測するが、M医師が往診で計測した血圧値(シストリック)が280mmHgであったという。皮膚から血が滲み出てもおかしくないほどである。寒さが厳しくなるとこの血圧値は、人体の各所に対し相対的に非常に高くなったとみなしてよいだろう。

◆決して痛みを伴わないからことさら怖い。痛みを伴わなわず、本体を蝕むものは幾らでもある。肝に銘じて、仕事にも健康にも気をつけたい。

〔2003年1月8日〕

━・━(追記)━・━

県立ι病院のポリシーがWEBサイトのなかに掲げてあった。

┃1.患者様の人権を尊重する医療を追求します。
┃2.県民と地域の信頼を得る医療を追求します。
┃3.常に時代や環境を先取りし、求められるサービスを実践します。

痛みを感じない人が掲げてもそれは無意味に近いことが容易に想像できる。県立ι病院のY院長は、このポリシーを決して実践できていたとは認めがたい処置であったことは、結果が語っている。


━・━(追記:平成18年元日)━・━

Y院長は後に県立病院を退職し、地元で内科医として個人医院を開院した。

私の母は大腸癌を切除をしたりしながらも生き永らえて、糖尿病や心臓疾患など老人病のデパートのような状態で生きている。

1キロ以上の道を歩いて駅まで行き、2時間半おきにやってくるJRに乗って病院に通うのは、肉体的にも精神的にも大きなストレスとなっていた。通院を怠ることは即ち自殺行為である。

そのときY医師の医院が近所に開院した。主治医をこちらに変更することを口外したのを聞きつけた次男(私の弟)は、Y医師に命を任せることに強く反対をしたという。

しかし、現実は感情論では済まされない。近くの医者が一番だといって母はありがたく診察を受けている模様だ。

何処に間違いがあって、何が正しく、あるべき姿とは何なんだろうか。
母の余命は決して残り多いものではない、と思う。

今、何が、できるのか。

---------
原文 http://bike-tourist.air-nifty.com/hiroka/2006/01/2_2a16.html
関連 http://homepage3.nifty.com/bike-tourist/dustnote/
オヤジ http://mixi.jp/view_diary.pl?id=17072832&owner_id=288528
0 9

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2006年01月>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031