平成25年が更けゆく折の冬至を迎え、心のどっかに寂しさのようなものがひっそりとあるような気がしてならなかった。どうしてもその正体がつかめなかったのだが、どうやら島倉さんへの想いを何らかのカタチにしておきたいのかもしれないと気付き始めた。
11月8日逝去。そのあと、多くの新聞は彼女をコラムに取り上げた。
天声人語は、「いつまでも小料理屋の気さくな女将(おかみ)さんのような風情の人だった。」と結びの部分に綴っている。
「ものに憑かれたような迫力があった。戦争の悲惨。戦後の痛苦。昭和の日本人の情念を託せる歌い手が去った。─日本経済新聞、春秋」
「今、演歌歌手の王道を見事に渡り終え、終生「お姉さん」と仰いだ美空ひばりさんの待つ天国へ旅立った。─毎日新聞、余禄」
あの震えるような歌声が今でも脳裏に蘇る。美空ひばりが唄う歌と違い、心の情念に染みわたるようなかすれた声がいつまでもいくつになっても若々しく可愛らしい人であった。
人生いろいろ。まさに、彼女が歌うことで、感涙を堪えることのできない方々も多いのではなかろうか。
いったい、どれだけの人がこの色々な人生や、または人生という得体のしれないものを理解して生きているのだろうかと考えさせられることが多い年齢になってきた。
今年はどんな重大ニュースがあったのだろうかと振り返りながら私にはこの島倉千代子さんの逝去が心にズキンと来てポッカリと穴を開けたままになっているのだ。
母よりも7歳若い。7年前の母を思い浮かべると、75歳のころはずいぶん若く元気でテキパキ・溌剌としていたと思う。それだけに余計に悔しく思うのだろうか。
島倉さんの歌を聞いて大きくなった世代は、私より年上の人たちばかりであろうか、私がこれだけ言葉にならないモノを感じているのだから、大勢の人がズキンとやられているに違いない。各新聞社一斉に取り上げたのだから、執筆者のみなさんの年齢も見えてくる。
しまった・しまった・島倉千代子
年の瀬に今年に逝ってしまった人を見て大きな節目を感じる。一昨年よりも去年のほうが節がしっかりしていたように思え、さらに今年はずっしりとした節を迎えているように思う。何年後かは予測がつかないが、私の節が近づいているのだなと思う。
ログインしてコメントを確認・投稿する