荼毘にふす、二日で伸びた髭を剃る ねこ
「死んでしまうときは、生きているみたいに、すーっと熱がひいていくんやって。
抱いて寝ていたうちのオカンがそう言うてたわ」
私は、自分の熱が二晩で引いたことを喜んでそんな話をした。そして、頭の中はそのまま10年前のことへと跳んでいって、ちょうど納棺師の映画が話題になっていることもあって、棺に収まったオヤジの顔が甦ってきたのだった。
「お棺に入ってなあ、二日もたつのに、人の髭は伸び続けるんやで」
そう。死んでから二晩が過ぎるのに髭は伸び続けるのだ。映画では綺麗にして送ってやるいうような様式らしいが、私の家ではそのまま、生きているような姿で送った。
こんな木枯らしの日にたいそう寒かろうにと誰もが思ったはずだ。(1月24日でしたから)
(人は死んでいくときに)「すーすーっと息をしててな、それが止まると体中の温もりがすぅーっとなくなって、冷とうなっていくんや」
「ふうーん、うちのおかあちゃんは、死んでしもても、いつまでも暖かかったわ…」
と妻は呟いて遠くを見るような目で
「せやけどな、あんまし、覚えてぇへん」
とポツリと言って黙ってしまった。
---
1975年3月14日。
この日に、ひとつの小さな出来事があった。
京都は、暖かい朝を迎えた。
おかあちゃんは、頭が痛いと訴え続けていた。
もう一週間以上も頭痛が治まらないと言い続け
「寒さのせいかなー、早よう暖たこうなってほしいわぁ」
と弱音を吐きながら、暇があれば頭を抱きかかえるようにして横になっていた。
ぽかぽかの春がそこまで来ている。
まさに三寒四温というように、優しい日差しが縁側から注いでいたのだろう。
妻の母は、あまりの痛さに京大病院の脳外科で診てもらう決心をした。
病院での診察が終わると、着の身着のままで即座に入院となった。
それが3月10日のことであった。
そして、翌々日の12日緊急手術となるのである。
「おかあちゃんの頭には金串のようなものがいくつも刺してあったような気がする、痛そうやったわ」
「手術に運ばれていくときに眠っている姿を見たのが最期やってん。
あのときには、自分の運命みたいなものがわかっていたのかもしれへん、そんな気がする」
と、妻は言う。
3月14日。
母は眼を覚ますことはなかった。
3月15日。
高校の卒業式。
欠席。
---
脳には腫瘍ができていて、切除など不可能なほどに転移していたのではないか。
そしてそれを、試しに切ってみたんやろ、京大の先生は。
あの手術は間違いなく失敗やった。
ワシはそう思っとる。
「おかあちゃん、痛い痛いて泣いてたわ。
手術の後は意識が戻ることはありませんでした…」
お父さんはそう言っていたのを何度も聞いたが、今となっては、どうしようもないことだ。
英国のEMI社で、コンピューター断層撮影装置(CT)と呼ばれる最新鋭の機械が発明されこの世に登場するのは1972年のことで、コンピューターによる断層撮影画像を扱う技術は、さまざまな学会でも取り上げられていたものの、身近にやってくるには、まだ数年の歳月を要した。
もしも、数年長生きしてくれていれば…と思うと悔しい限りです。
2009年。
あれから34年。
朝、嵐のように降っていた雨も上がりました。
少し肌寒いけど、晴れてきています。
3月16日、結婚記念日です。
(1984年のあの日の朝も雨、後晴れ)
そうそう、小中高と入学式は雨でした(私)
ログインしてコメントを確認・投稿する